正行寺創立願ノ件(真宗本願寺派)Ⅱ-㊲1259~1279

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正行寺創立願ノ件

指令案

全羅南道麗水郡麗水面西町

隅田政吉


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外三十六名

大正十四年十一月五日附願正行寺創立ノ件

許可ス

年  月  日

朝鮮総督

通牒案(第二案)

学務局長

全羅南道知事宛

正行寺創立願ニ関スル件


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貴管下麗水郡麗水面西町隅田政吉外三十

六名ヨリ出願ニ係ル寺院創立願ニ対シ貴

官副申ノ次第モ有之本日許可指令相

成候処右境内地及本堂庫裏ハ創立許

可ト同時ニ正行寺ノ所有ニ移転スルモノト

認メテ許可相成候儀ニ付其ノ旨願人ニ

相達シ所有権移転登記申請ノ手続ヲ

為サシメラレ度為念及通牒候也


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起案ノ理由

本件ヲ神社寺院規則第二條及関係内規ニ依リ審査スルニ寺院ノ創立ヲ許サルル標

準内規ニ適合セサル処アリト雖モ知事ノ副

申委細相添シアルニ由リ多少御裁酌ヲ差

加ヘラレ可然ト思考シ左ニ要点ヲ具シ仰

高裁候

一 庫裏ノ坪数内規ニ定ムル処ニ比スレハ四坪

七合五勺不足アリト雖モ現今檀信徒ノ確

定戸数人員多カラサルヲ以テ法要其他ノ

場合ニ狭隘ヲ感スルノ虞ナカルヘシ特ニ


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或ル必要ノ場合ニハ本堂ノ坪数餘剰ノ

部分ヲ流用シ得ルモノト存候

二 境内地ノ坪数ハ内規ノ標準ニ比シテ百六

十一坪ノ不足アリト雖モ地形上現在以上ニ

拡張スルコト能ハストセハ餘儀ナキ次第ト

存候若シ夫レ檀信徒ノ増加ニ依テ土地ヲ

弘ムル必要ニ迫ルトキハ檀信徒協力シテ転

地計画ヲ立テ適当ノ料理ヲ為スコトト存候

三 土地建物ノ所有者ハ佐藤行信トアルモ創

立費及其ノ支弁方法ノ部ニ説明スル処


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ニ依レハ布教使佐藤行信所有名義ノ

現在敷地建物ヲ継承スルニ付別ニ創立

費ヲ要セストアルヲ以テ土地建物トモ創立

許可ト同時ニ寺有ニ移スモノト認メラレ

四 檀信徒ノ数ハ内規ノ標準ニ比シテ七拾戸ノ

不足ヲ示スト雖モ既定檀信徒百三十戸ニテ

八百五拾円ノ維持費ヲ負担スルコトヲ告白

スルヲ以テ寺院ノ維持上ニハ懸念スル処ナシ

ト認ム


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以上ノ次第ナルニ依リ願ノ通御許可相成

可然哉

右仰高裁候


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学第五三八号

大正十五年一月十二日

全羅南道知事 印

学務局長殿

寺院設立ニ関スル件

管下麗水郡麗水面隅田政吉外三十六名ヨリ別紙ノ通寺院設立願提出有

之候処同地ハ本道東部ニ於ケル呑吐港トシテ最モ枢要地位ヲ占メ現在

内地人千七百餘名ヲ有シ将来益々発展セムトスルノ状勢ニアリテ該地

トシテ寺院ヲ設立セムトスルハ時宜ニ適セルコトト思料候ノミナラス

之カ維持上ニ於テモ支障ナキモノト認メ候條許可相成候様致度及副申

候也

追テ左記事項御了知相成度申添候

一、今回設立セムトスル寺院ハ従来本派本願寺麗水布教所タリシモノヲ

寺院ト為サムトスルモノナリ


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一、寺院トシテノ建物ハ大正十三年七月工費額五千三百五十円ヲ投シテ既

ニ建設済ニシテ之カ資源ハ帰依檀信徒有志ノ寄附金ニ依リタルモノト

シ寺院トシテ適当ノ建物トス

一、境内地面積ハ百三十九坪ニシテ稍狭キノ感アルモ同地ハ地勢上全ク止

ムヲ得サルノ状態ニアリテ一般総テ急斜面地ヲ切開キ家屋ヲ建設セル

カ故ニ同寺院敷地モ亦北「後方」二十餘尺ノ段壁ヲ負ヒ南「前方」ハ

幅六尺餘ノ道路ヲ距テゝ石垣ニ臨ミ全ク拡張ノ餘地ナク唯東西ハ拡張

ノ餘地ナキニアラサルモ現在之カ買収ハ寺財ノ現状ヨリ甚タ困難トセ

ラルゝノミナラス之ヲ買収スルモ徒ニ細長トナリ利用上ニ於テモ効果

ナシト認メラルゝニ依リ此ノ点特ニ事情ヲ諒察セラレタシ尚該敷地ハ

寺有ニ属スルモノトス

一、維持費ハ檀信徒ノ布施喜捨金等年額約八百五十円ノ見込ニシテ之カ支

出概要左ノ通トス

一 金三十円 仏前経常費年額

一 金六十円 建物小修繕費年額


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一 金六百六十円 住職等生計費年額

一 金四十円 伝道費

一 金六十円 公課其他諸雑費

計八百五十円

一、檀信徒ノ数 現在百三十戸ナルモ一両年内ニハ二百以上ニ達スル見

込確実ナリ


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承認書

朝鮮全羅南道麗水郡麗水面西町参百六拾番、参百六拾壱番地ヘ正

行寺創立ノ件承認ス

大正十四年十月二十八日

真宗本願寺派管長

本山本願寺  住職 事務取扱

大谷尊由 印


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寺院創立願

今般寺院ヲ創立致度候間御許可相成度

別紙管長ノ承認書相添左記事項ヲ具シ

此段申請候也

大正十四年十一月五日

全羅南道麗水郡麗水面西町  隅田政吉 印

明治十年一月二十九日生

同道同郡同面西町      田中浅吉 印

明治十年九月七日生

同道同郡同面西町      中村茂 印

全羅南道麗水郡麗水面西町  新宅清太郎 印

明治十五年九月二十日生

同道同郡同面西町      上原永次郎 印

明治十四年五月二十二日生

同道同郡同面西町      生越又市 印

明治九年五月十五日生

同道同郡同面西町      宮田甚次郎 印

明治十一年三月十九日生

同道同郡同面西町      大野由五郎 印

明治十八年二月十八日生

同道同郡同面西町      西村健治郎 印


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明治二十一年十一月二十二日生

同道同郡同面西町      桑谷庄七 印

明治十七年六月五日生

同道同郡同面西町      篠原惣兵衛 印

明治十八年五月八日生

同道同郡同面西町      島崎チサ 印

明治十年十二月9日生

同道同郡同面西町      下村夘一 印

明治十五年一月十日生

同道同郡同面西町      中原直吉 印

明治十五年十月十日生

全羅南道麗水郡麗水面西町  廣田義比古 印

明治二十一年八月二十四日生

同道同郡同面西町      村田廿 印

明治二十年三月六日生

同道同郡同面西町      廣谷金藏 印

明治十六年十月十五日生

同道同郡同面西町      赤穂夘三郎 印

明治六年四月六日生

同道同郡同面東町      小山治太郎 印

明治十二年六月三日生

同道同郡同面東町      今川五百藏 印

明治二十二年五月十九日生


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同道同郡同面東町      小路寛吾 印

明治十一年一月五日生

同道同郡同面東町      永井国吉 印

明治十年四月十五日生

同道同郡同面東町      吉富四郎 印

明治十九年九月五日生

同道同郡同面東町      畑山喜一 印

明治二十八年六月八日生

同道同郡同面東町      大佳繁藏 印

明治二年八月十日生

同道同郡同面東町      樋口福市 印

明治十八年五月二十八日生

全羅南道麗水郡麗水面東町  柳下益次郎 印

明治十六年三月七日生

同道同郡同面西町      中山袁満 印

明治十二年四月二日生

同道同郡同面東町      山際義一 印

明治十九年二月七日生

同道同郡同面西町      長元真一 印

明治二十九年四月十日生

同道同郡同面東町      梅田ユリ 印

明治七年十月一日生


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同道同郡同面東町      磯本政一 印

明治二十三年九月二十一日生

同道同郡同面東町      塩本啓次郎 印

明治十三年十月二十一日生

同道同郡同面東町      野田治三郎 印

明治二十七年六月二十四日生

同道同郡同面東町      永岡茂市 印

明治七年八月二十七日生

同道同郡同面東町      林文作 印

明治九年十二月八日生

同道同郡同面東町      渡邊與三郎 印

明治十一年十月十五日生

右総代

隅田政吉 印

朝鮮総督子爵斎藤実殿


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一、創立ノ事由

布教ノ為明治四十五年七月三日全羅南道警務部

長ノ認可ヲ得テ本派本願寺麗水布教所ヲ

麗水面西町ニ設立シ伝法布教ノ道場トナシタ

ルモ土地ノ発展スルニ随ヒ漸次狭隘ヲ感シタル

ニ依リ今回本堂及庫裏ヲ建築シ帰依檀信

徒ノ基礎モ定マリ寺院ノ躰裁ヲ為シタルニ由ル

二、寺院ノ称号

正行寺

三、創立地名

全羅南道麗水郡麗水面西町三六〇、三六一番地

四、本尊並所属宗派ノ名称

(イ)本尊阿弥陀如来

(ロ)所属宗派真宗本願寺派

五、建物及境内地ノ坪数

(一)三十三坪二合五勺 本堂

(二)二十坪二合五勺  庫裏

(三)一百三十九坪   境内地

右土地建物所有者

麗水郡麗水面西町 佐藤行信

六、境内地周囲ノ状況


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境内地ハ麗水港ノ中央部ニシテ稍々高地ヲ為ス

北ニ普通学校及遥ニ鐘鼓山ノ老樹林ヲ負ヒ南ハ市

街道路ニ直面シ交通至便ナリ東、西ハ邦人家屋

ニ隣シ四囲清潔ニシテ眺望亦頗ル佳ナリ

七、創立費及其ノ支弁方法

麗水布教使佐藤行信所有名義ノ現在敷地、

建物ヲ継承スルニ付別ニ創立費ヲ要セス

八、維持ノ方法

所属檀信徒ノ布施並喜捨金ヲ以テ維持ス其ノ

概算左ノ如シ

一、金八百五拾円也 檀信徒ノ布施、喜捨金年額

一人当約六円五拾銭

九、檀信徒ノ数

百三十人  戸主タル者ノ数


1276~1279

図面