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記事題目

「僧侶も信者も悉く鮮人の 大派敎團成立す 成績に依つて今後も增設 朝鮮開敎史上の一エポック」

作者

雑誌名

『中外日報』

号数等

年月日

1930年9月14日

本文

最近栗田開敎監督の奔走に依り大谷派にてはいよへ馬山、龍泉、新都内に新布敎所の開設に着手したが、龍泉布敎所は大邱別院の武内輪番が開敎掛となり實地調査を行つた處内鮮戸數一萬餘あり將來充分見込みがあるとのことで先月大派本山の認可を得ていよへ開設に着手したもので近く内麻賢章氏が同布敎所在勤として赴任することになつた。
同時に新都内にも布敎所開設の認可があつたが、こゝは古くより論山同朋敎會があり主幹が鮮人金定黙氏であるが、同氏を中心として朝鮮人信者が約一千餘人もあり朝鮮人のみの真宗敎團を形成してゐたが、又同氏は新都内普通學校を經営し校長となつてゐた程であるが、この程金定黙氏は大谷派僧侶として正式に得度をしたので近く開敎使に任ぜられ今春谷大留學を卒へた金滋淵氏と共に主として
青年鮮人伝道に當る筈であるが、坊さんも鮮人信者も鮮人である布敎所は本邦に於ても最初のことであり、湖南線の視察を終へた栗田監督も朝鮮開敎史上の一大エポックとして大いに期待して居る。さらに今後の成績に依り將來いつにても增設し得る準備を整へて居る。尚、金滋淵氏は同地の普通學校敎師をも兼ね最近にては「鮮人佛敎青年會」を創立し大いに活躍中であるが、遠き將來には一邑一ヶ寺の實現も期してゐると。

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