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記事題目

「朝鮮に於ける大谷派の社會事業と打合せ 總督府や道、府庁から出席」

作者

雑誌名

『中外日報』

号数等

年月日

1921年3月3日

本文

大谷派朝鮮布敎監督渓内戌恵氏は去一日初旬出京し朝鮮に於ける鮮人敎化の社會事業創設につき本山側の理解を得て一月末歸任したが爾來今日に至り事業内容も略ぼ成案を見たので、弥々具體的に事業を開始するにつきては當局の意見を參考にすべき必要ありといふことで去月二十四日夜同別院内で詮考打會合を開催した。
會する者は總督府第二課より飛舗、山名の両属同宗敎課より福岡属、道庁地方課よりは大村属、府庁よりは澤村第一課長の五名及別院側よりは溪内、青森両氏都合七人で各々熱心に意見を交換した官庁側の意見を綜合すれば(一)浮浪児の敎化。(二)簡易職業敎育。(參)簡易學校敎育の參項目にしてその他隣保事業實費診療等の提案も出たけれども隣保事業は現在選定せられた土地の關係で都合選定せられた土地の關係で都合悪しく實費診療は總督府病院その他にも相當の計畫ありて必ずしも本願寺に待たざるべしとの事となつた、上記參項目詮考の理由としては、現在京城府に於ける社會救済機關は七八ヶ所ありて各々孤児貧児の救済、行路病者の収容浮浪者の収容、職工敎育、簡易學校敎員その他の事業に従事して居るが未だ充分な徹底的施設を見ず加ふるに浮浪児の數は現今益々增加の傾向がありて今に於てこれが感化訓育の用意を成し置く事は朝鮮の時局及社會風紀の上に大なる効験あるべきを以て本事業こそ本願寺の手のに待たざるべからざるものなりとの意見略一致し上記參項目を打つて一團としたる敎化機關の創設を要望した、別院側でもその着眼点は殆んど同一であるが、尚ほ一応信徒有志に相談の上更に各局課長等の意見をも徴取した上完全なる具體案を作成する筈、因に該敎化事業資金は創設費約十萬圓經常費年額二萬圓の豫定なる由。

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