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記事題目

「朝鮮の布敎に就て日本佛敎徒に激す」

作者

朝鮮國日蓮宗布敎師 加藤文敎

雑誌名

『明敎新誌』

号数等

年月日

1897年1月20日

本文

朝鮮布敎の必要は全國佛敎徒の是認する所たり日本佛敎徒は徒に内地に於て各宗間中紛争を生じ宗派の優劣を論ず可き時に非ざるなり
仁義厚愛たる日本人として博愛義氣ある日本佛敎徒として交通親密なる最近隣邦たる朝鮮の衰頽恩恵ある因縁深き朝鮮佛敎の滅亡之を救助するは日本佛敎徒の一大義務たること必然ならん智恩報恩を忘れ善隣國宝の本分に失し其無氣力なる事を証明するに至らん豈に慨嘆の至りならずや然れとも日本佛敎者にして人財両ながら得て望みなき者とせば止む得る事吾人の確信する所にして韓八道中に布敎の普及を爲すも參ヶ年を出ずして佛光を宣揚する事敢て難きに非るなり伝道費の如きは僅々一萬圓を以て一ヶ年の費用とせば足れりとす而して其布敎の方法に至りて
一 韓僧を敎育し韓寺を利用する事
二 日韓僧侶の交通を親密にする事
參 出版事業を起すべき事
四 一大會堂を京城に築く事
五 儀式的の規定を組織する事
此要素を以て吾人布敎の要論とす此に簡易的説明を要せば八道中現存する寺院一千六百餘寺僧侶一萬餘に達せり而して寺院は通常家屋と異なり其構造の堅固なる事我佛閣と異なる事なし僧侶又土人と異なり身を山林幽深の間に精を焦らしつゝあれば我佛敎徒に対するも何等の疑念を懐くものなし此僧侶を敎育し寺院を共に利用せは彼等をして滿足を與えしむる而已ならず意外なる好結果を呈する事論者か經歴に徴して信するなり而して相互の關係を親密ならしむる爲め日韓僧侶の交通を自由にして日本僧は韓土に渡り韓寺に入りて興學布敎の顧問とし留錫し幾多の韓僧を敎育し傍ら風俗人情を觀察し人心を誘發し尊佛信敎の志想を發揮せしめ韓僧中有爲の者は日本に來航せしめ各宗有力なる學林に留學せしめ布敎家たるの敎育を施さしめ内外相応提策を講せは高麗半島革命地盤固より最高の緒を見ること期して待つべきなり
然るに朝鮮に於る日本佛敎徒の現況如何真宗大谷派の如きは世上識者の誹も顧みず仁川京城に二萬圓の費用を支出し同胞居留民の爲め別院新築する事を知りて韓民布敎の事眼中にだもなし距離流民の爲めに布敎する既設の別院にて足れり伝道費の存するさらば何ぞ進で外人布敎に着手せざるか同一佛敎者として千秋の遺憾に堪へざるなり
天下有爲の佛敎徒に切言す曰く朝鮮佛敎の興廃存亡の大權は日本佛敎徒の手中にあり日本佛敎徒にて上來列記する敎策に拠り一大革新を行ひなは朝鮮佛敎の前途は多望なるを信ずるなり

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