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植民地朝鮮の日本人宗教者
記事題目
「朝鮮京城敎況」
作者
雑誌名
『中外日報』
号数等
年月日
1914年11月3・4日
本文
一、佛敎各派が開敎の二字を標榜するも其實は内地よりの移住者に対する葬祭の執行者たるに過ぎざるは甚だ遺憾なり、鮮語の研究生を養成し大に鮮人の敎化に盡し以て新たなる信徒を得て敎力の發展を計るべし、
一、吉野氏に代つて新に京城日報社長として來れる安倍氏は佛敎徒として禅味を愛樂するの人なりとのこと十月上旬各宗派代表者を大派本願寺別院に請招して晩餐を供し交驩す、・・・・一、各宗派代表者は之に対し十月廿五日安部京日社長を朝日館に請じて朝鮮料理を以て酬ゆ、宇佐美内務部長亦請ぜられて席に臨まれたり。一、宇佐美長官席上の談に「各宗派の分立的対抗は甚だ可ならず、常に結束を堅ふして基敎が各派合同して敎育に慈善に將布敎に盡くすが如くなるべし」「僧侶も少しく社會問題に向つて努力し以て敎光の發揮に盡すべし」「因習の久しく内地は詮方なしとするも新開地の朝鮮に於ては一葬一祭直に施物を贈受するの煩を廃して信徒の敎資金を定めて之に由つて布敎と佛事を行ふ事としては如何」「各派の布敎管理人を縷々更迭することは宗派其者の爲に大不利なると同時に統治上も甚だ便ならず、近時頻に更迭を見るは歎ずべきなり、依つて管理人は各派管長の申請に依つて總督府の許可せし者なれば今後は其罷免更迭に付ては豫め總督府へ照會の上ならでは容易に行はざらんことを各派の管長へ申込まんとす」「鮮人に対して敎化を施すの点に於て努力を祈る」等有益なる談話多からんときく。
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