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記事題目

「朝鮮同化と東派(中安代議士の意見書)」

作者

雑誌名

『中外日報』

号数等

年月日

1910年10月28日

本文

併合後當地の代議士中安信參郎氏は渡鮮實況視察を爲し歸來朝鮮同化と東本願寺の布敎に就ひて朝鮮の有志に説きつゝあるが頃日「朝鮮人民同化に關する意見」と題せる印刷物を江湖に廻附したり、其の要は曰く
(前略)新付の朝鮮人民を同化啓發し之をして忠良なる臣民たらしむの道固より一にして足らずと雖も有力にして且つ捷径なるものは盖し宗敎の力に頼るに若くはなし、而して朝鮮布敎に關し直接責任に當る者は固より宗敎家たらざるべからず、然も官憲は之を宗敎家に放任して自ら晏如たる能はず宜く進で布敎を誘導援助する所あるを要す何ぞや是れ單一の宗敎問題にあらずして亦た實に政治事項たるを以てなり凡そ治に資し化を賛するものの事の何たるを問はず一として政治事項たらざるは無く従て官憲と相交渉せざるはなし今夫れ朝鮮布敎は新領土治化の要道にして其効験の偉大なるや復た論を容れず此一大政治事項に対し官憲たるもの豈に晏如晏如として之を一宗敎家に放任して可ならんや盖し宗敎本來の性質より之を論ずれば其宣布の如きは宜く之を宗敎家に一任すべく官憲を以て之に交渉するは好むべき所にあらずと雖も是れ唯々國家の基礎既に鞏く社會の秩序亦た既に定まるの時に當りて之を言ふべし百華草創にして尚ほ幼稚の域に在る朝鮮の如きは未だ政敎分離の本則を行ふに適せず然らば官憲は何れの宗派に対し如何なる方法を以て布敎に援助を與ふべき乎愚見を以てすれば宗派の種類は必しも問ふ所にあらず要は新付人民を同化啓蒙するに最も適切なる宗義を奉じ且つ布敎の便宜勢力を有する宗敎をして事に當らしむるを可とす、而して官憲の援助方法の如きは事に臨みて之を決定すべく要は布敎に便すれば則ち足る幸にして東派本願寺は明治十年已來朝鮮の布敎に従事し年々勢力を扶殖し今や數十の支敎所及び出張所を置き數萬人の信徒を有し特に李大王の信用甚だ深く王は平生日本人対し転た釈然たらざるものありしと雖も本願寺に対しては衷心相許し、在位中嘗て日本人中に在りても本願寺は例外の道人と宣はせられ又新築京城別院の遍額に大韓阿弥陀本願寺の親筆を賜はりたり以て其信頼の如何に篤きやを知るに足らん如此東派本願寺は朝鮮に於ひて信頼と勢力とを有し従て布敎上幾多の便宜を有し而して其宗義は忠君愛國其他の美徳善行を鼓舞するに在るを以て之をして布敎の任に當らしめ官憲を以て之に援助を與えなば爲に新付の人民を同化啓發し之をして舊日本人同等の域に進ましむること敢て難事にあらざるなり論者或は憲法の信敎自由を論拠として一宗派の布敎に官憲の援助するの不可を唱ふる者なきにあらずと雖も本願寺の布敎に援助するは敢て他の宗派の信敎自由を妨げんとするにあらずして其自由は依然之を尊重するを以て一派の援助は毫も憲法に違ふ所あるを見ず且夫れ憲法の賦與せる信敎自由權は絶対にあらずして安寧秩序を妨げず及び臣民たるの義務に背かざるの範囲に限局せらるるを以て夫の悋に我國體を無視し又は我対朝政策の進行を妨げたる宗派の如きは寧ろ行政權を以て至當の取締を加ふべきものたり本願寺の宗義の如きは能く我國體に合し世道人心を感化するの効現著なるを以て之が宣伝に官憲の力を貸し之をして新付人民を啓發せしむるは政策の最も當を得たものと云はざるべからず是れ茲に東派本願寺の朝鮮布敎に援助を與ふるの必要を唱ふる所以なり。

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