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植民地朝鮮の日本人宗教者
記事題目
「朝鮮開敎大演説會」
作者
雑誌名
『明敎新誌』
号数等
年月日
1897年6月24日
本文
去月二十四日佛敎の中心たる京都市會議事堂に於て朝鮮開敎大演説會を開き各宗本山竝に貴顯紳士等參聴者無量八百餘名あり例刻に至り嚠喨たる音樂に迎へられ有志者總代として竹村藤兵衛氏登壇し我々は國家的觀念より朝鮮布敎の急務を感じつゝあるより今般京城開敎に賛同して本會を開會したる旨を演べ併せて佛敎家は宗旨の如何に係らず御賛同ありたしと希望せられ續て當日の出席弁士段証依秀氏は日韓の一大聯鎖加藤文敎師は朝鮮に対する佛敎徒の一大責任守本文静師は朝鮮に対する根本的扶掖の演題に付何れも熱心誠意朝鮮の開敎を演じ或は日韓貿易の先駆たるに於て日韓の一大聯鎖となりて両國の親密を計るに於て必要なりと論じ或は風俗人情の上より朝鮮の独立發達を企圖するは佛敎を伝布するにありと論じ或は朝鮮の人心を開發するは根本的扶掖にして且つ國家の文明を增進するは佛敎を以て關するに如くなしと弁じ殊に韓僧賓一師の如きは自國佛敎の衰頽を嘆し佛敎徒に援助を請はんと泣が如く訴ふるは如く述べられたり參聴者は大に感動せり同日有志者迄朝鮮開敎費中へ金品を寄附せん事を申出たる者も多かりし 両陛下の萬歳と佛敎萬歳とを祝して散會せしは午後七時にして當日發起有志者は竹村藤兵衛、内貴甚參郎、中村忠兵衛、伊佐喜七、船越和助、中孫參郎、黒川七郎兵衛、石田音吉、田中卯助、柴田弥兵衛の諸氏なりき
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