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記事題目

「殖民政策と宗敎 誤れた宗敎家の態度」

作者

京大敎授 山本(美越乃)博士述

雑誌名

『中外日報』

号数等

年月日

1922年12月13日

本文

元來此の殖民地政策というふ學問學説の體系的研究家は全世界を通じて權威ある學者は暁天の星以上尠く殆んど五指を屈する程であらう。(中略)かうした新學問ともいふべきこの體系に今迄は二つの説が行はれてゐるがそはこの學問の対象たる被殖民地に対する態度を明かにする二つのそれで、一つは佛國のこれまで執つて來た同化主義の政策で他の一つは英國流の自治主義である。前者即ち同化主義は一般的に論述すれば一つの哲學がある、曰く人類共通の理性とといふ説から出て居る、即ち人間である以上その文、野を通じて人間の共通の理性に依つてそれに訴へて被殖民地人に対するといふのであつて、野蛮人は磨かぬ珠で文明人は磨いた珠である。この主義に依れば被植民地の未磨の球をその本國文明程度にまで磨をかけることである、この点に依存してゐる同化主義の政策は光明(文明)の透らぬ野蛮地に対して光明を透し得る可能性を信じ、時としてはその本國風は殖民地住民を圧迫的にも指導、強制しやうとする乍併この主智主義的同化主義の哲學は多く失敗を來たす、人間は理性のみで働く動物ではない、吾々人間は理性でかくと命ぜられても感情が許さぬ事實の問題がある、人間の理性を強調して殖民地に対しても事實的に本國と相違してその風俗、言葉、習慣、制度を異にする彼等の永い歴史を背景に個有して居るのを一朝にして改めるは難いこと、而も本國は野蛮國たる殖民地といふ態度で殖民地に対して、その本國の文明程度にまで同化主義を振り廻すのだ、しかもこれを一方から考へるに、無闇のその文明人類をして野蛮なる國人は生存權のなきやうにしてその彼等所謂野蛮圏外に出でんことを本國はすゝめるのだが、斯る態度が日本の殖民政策上にも現はれて居らぬかどうか。而してその政策に追従して行く宗敎家の方々はないであらうか(中略)
次の説は自治主義である、この説、或は政策は前者同化主義所謂内鮮融和とやら云ふたり本國延長主義とよばれる主義に反するもので、どこまでも各植民地に対して自治を許すのである。「自治は独立の証認だ」と云ふが決してこれは公理公則とはならぬ英國はこれの反証をして居る、即ちあの大戦の時世界各國に散在して居る各殖民地がビクツともしなかつたではないか、若し反旗を掲げるならあの大戦の時に擧ぐるべきであつたのだ。日本の朝鮮政策が最も常に誤るところはこゝだ、朝鮮土着民は自治といふ金剛石を望んで居る、然るに同化主義、本國延長主義を以て対して居るではないか?これの背後に附いて行くのはそんぢよそこらの宗敎家であらう。
さて以上のやうな殖民政策の二説を爲して各國は各々に失敗して行くが餘をして最後に云はしめればかうした政策はもう少し人道主義的なものとして欲しいと云ひたいこれと同時に宗敎とこの殖民政策に就いて一言しやう、
従來世界各國がその政府の殖民政策が必要となる程勢力が拡大するに従つて、その政府の御用をつとめる宗敎家の殖民地宗敎政策があるものだ。しかるに従來の歴史から見ると彼の独逸が二人の宣敎師で青島を獲たやうに二、參牧師の爲めに南支那地方に勢力を敷いて了つた佛國の如きいくらでも此の例は擧げ得るがかうした宗敎と殖民政策を見る宗敎家はいづれもその本國の政權のもとにスパイ式に間諜をつとめて居るのだ、勿論日露、日清対戦前に於ける日本の宗敎家が北滿地方に入り込んで軍機上に頗る功績を現はしたことはあるが、それは宗敎家の本體の真面目ではあるまい。宗敎家はミリタリズムやキヤピタリズムの指導下に動くのではあるまいが、こうした日本の宗敎家は現在及將來には必要とせまい、朝鮮に対して執つて居る日本の宗敎家が、朝鮮人に御世辞的に日本と朝鮮も同じ日本だなどとことさら日本を振り廻し温情いたらざるなき態度は實にこの同化主義の甚だしきものである。いま一歩吾々はこの朝鮮に対する態度につき一般から反省して貰ひたいものである。

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