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記事題目

「浄土宗の朝鮮開敎状況」

作者

雑誌名

『中外日報』

号数等

年月日

1911年3月15日

本文

近來浄土宗の朝鮮開敎状況は頗る目を新にすべきものあり、先づ京城明治町に一の開敎院を置き井上開敎使之に常在して萬般の指揮に當り居れるが、目下開敎使中朝鮮語に精通し鮮人の爲めに能く説敎をなし居る者は明治卅五年渡鮮海州在留の牛野善立(參四)、卅七年渡鮮の松尾真善(參二)、同年渡鮮の近藤祐神(參二)以上參氏、開城、參十九年渡鮮の平壌在の大谷清敎(參〇)、同年卅九年渡の京城在見任遠(參二)の五氏にして尚説敎は善く出來ざるも鮮人と談話をなし得る者は卅年渡鮮馬山浦在參隅田持門(四〇)、(同氏は朝鮮最初の開敎者にして其翌卅一年に伊藤祐晃氏が渡鮮)外四氏あり、開敎に従事するものは開敎使廿餘、副開敎使參、開敎補助員七にして各地に敎會所を設けて分擔し居れり、京城本邦人檀徒參百名鮮人會員二千、釜山檀徒二百五十戸鮮人十五、仁川檀徒百十五戸鮮人百名、平壌檀徒二百戸鮮人會員百五十と學校生徒二百、鎮南浦檀百、朝人は各宗合同日本語敎育會を設け居れり、其の○各開敎使等が在留し居て敎會所や○寺院等を設け布敎に活動しつゝあり箇所は大邱、大田、群山、元山、馬山、蔚山、○川、開城、水原、龍山、新幕、羅南、江景、金州、公州、新義州、鬱陵島、安州、黄州等にして廿四箇所あり、宗務所より年々の經常費補助として七千圓と敎會堂新築等の臨時費參千圓都合一萬圓を支出して居れり、最も勢力ある敎會が孰れも独立自給にして檀信徒と親密を計し爲め宗大得業の開敎使も番僧逮夜坊主も同様に檀家へ逮夜參りをなし、何れも俸給に甘んじ献身的に布敎へ盡瘁せるは實に感ずべきことなり、鮮人養成の學校は平壌二百、開城百、大邱七十の生徒ありて開敎使之が敎鞭を執り居れり

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