top of page

1-19

始て藏職藏部を置かる阿知直を藏官と爲す藏部ハ財物を

扱ふ者を云ふ此頃の財物は今日の如く金銀銅鐵の貨幣に

非ずして絹綾等の織物なり絹綾等ハ日本人の未だ能く製

せずして漢人呉人の手に成りしが故其扱ひハ無論秦人呉

人に任せざるを得ず故に履仲天皇の頃にハ官府の財物を

扱ひし者ハ皆外國人なりと知る可し

三韓人ハ日本人に比するに工藝に巧みなりしが故に堀

を穿ち野を拓くに用ゐられたり後世より三韓人の堀り穿

ち野を拓きしを見て其の日本人に苦役されし如しと雖ど

も其實然からず斯の如き事業ハ日本人の長ぜずして三韓

人の巧みなりしか故に日本人ハ三韓人を仰ぎて之れを爲

さしめしなり猶明治の初め外國人に由って鐵道を敷き電

信を架し滊船を造りしが如し

外國人にして國司と爲る事古に常なり外國人にして府

縣の知事と爲る事今日に聞かず天智天皇大に外國人を登

用し給ひしが故時人諷して歌詠ある

橘はおのが枝々成れれども玉に貫く時おやじ緒にぬ

おのが枝々とは橘の實が木になる時ハ上枝中枝下枝と所

を異にするを云ふ玉に貫くとは橘の實を珠數の樣に貫く

を云ふおやじ緒とは同じ緒を云ふ一首の意ハ橘の實木に

生る時枝を異にするも珠數にする時ハ同し緒を以て貫く

を云ふ外國人も元來上下貴賤の別ありしも天皇は一列一

體に之れを登用し給ひしを云ふ天武天皇も亦外国人を優テ僧侶活用佛教改良ノ方案ヲ論セント欲スルナリ


日本人の外人尊奉 文学士辰巳小次郎述

日本人の外國人を尊奉するハ今日に限れる事に非ず古

にもありし事なり古の日本人啻外國人を尊奉したるの

みならず之に恩澤を加へたる事莫大にして今日の人の

能く及ぶ所に非ず古ハ外國人の歸化せる者皆田地を賜

れリ其才學ある者高位に叙せられ顯職に任ぜられり外國

人に土地を與ふる事外國人を行政財政官に任ずる事古

に有りて全く今日に無き事なり外国人に土地を與ふる事古

に於て常なるハ何人も能く知らる所なる可し又史上

に其明文無しとするも古にハ班田と云ひて人每に田地

を賜はるの制ありば外國人の歸化せる者亦田地を賜は

りしは明なり外國人は單に田地を賜はりしのみならず其田地に對

し盡す義務日本人に比すれば甚だ輕し何と云ふに大寶令に

由るに日本人にして外蕃に沒落する事一年以上にして歸

るを得ば租庸調の三役を免ぜらるゝ事三年、沒落二年以

上にして歸らば三役を免ぜらるゝ事四年、沒落三年以上

にして歸らば三役を免ぜらるゝ事五年なるに外國人の歸

化する時ハ三役を免ぜらるゝ事十年に及べり斯の如き恩

典ハ外國人を懷けもし尊とみもする意に出たる可し

古に於て外國人の任用せられしハ今日の如く顧問教授

に限れるに非す行政財政にも係はりしなり履仲天皇の時

bottom of page