遇し給へり其十四年二月一日唐韓の人に爵位を賜ひし
事百四十七人なりとぞ
外國人の歸化せし事應神天皇以前に多かる可しと雖ど
も其事史上に明かならざれば今爰に論ぜず天皇以後の事
は史上に明かならざれば歸化せし外國人の國名人數を知るを
得可し其大要ヲ示す事次の如し
此表中に於て縣と云ひ部衆と云ひ各其人數を知る可か
らずと雖も一縣一部にハ少くも五百人ハ有りしならん又
單に多しと有るハ人數の幾許なるを知る可からずと雖ども
百人二百人の少數に非ざる可し又唐韓の人男女共に歸化
せし故其子孫繁息したる事夥し外國人の歸化せしこと多