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植民地朝鮮の日本人宗教者
記事題目
「京城に於ける佛敎徒の悪行爲」
作者
雑誌名
『中外日報』
号数等
年月日
1906年4月13日
本文
僧侶自身自ら働きし所爲なるか又は韓人が寺院の名を借りて行ひしやは知らざれども韓國の浄土宗にては同國各地に佛敎學校を設立するに依り其費用として韓國各寺院にして僧侶十人ある所は十圓五人の所は五圓と兎に角く一人に付き一圓を寄附すべし若し之が寄附を爲さゞれば反対と認むべしとの脅迫的の通分を各寺院に配布したる由にて、韓國寺院にては大に驚き若し之に応ぜざれば反対と認められ如何なる憂き目を見んも知れず然ればとて之に応ぜんには一圓といふは容易のことにあらず止むを得ず身に纏ひ居る法衣を典じて此場の憂を払ふより他に道なしと嘆じおれりと、尚ほ之が田舎にては旅費を要すればとて一人に付二圓宛を徴収し居れりとのことなり、又た同國にある日蓮宗にても本堂建築と称し地方の寺院に人を出張せしめ強制的に寄附を募り居りしが或る地方に於ては大に其不都合を怒り募集者を放逐したりとのことなるも各地方に於ては數多の現金を徴収したるは事實なりとすれば誠に不都合極まる緇徒と云はざるべからず。
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