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植民地朝鮮の日本人宗教者
記事題目
「在鮮大敎團の転向相續く 朝鮮元玄敎の転向 拝天敎と兜率天思想の結合 大谷派に歸属申出る」
作者
雑誌名
『中外日報』
号数等
年月日
1937年2月19日
本文
信徒五千を擁する朝鮮の拝天敎系の大敎團水雲敎が李象龍敎主をはじめ全敎團をあげて大谷派本山に歸属することになつた朝鮮開敎史上畫期的な転向問題に引續き今度は參千人の信徒を擁する京城峴底町の元玄敎が大谷派に歸属を願い出た。この元玄敎は朝鮮に古くから存在する敎團で兜率往生思想を中心とする佛敎的色彩に固有の拝天敎が結びついたもので、朝鮮開敎監督部で上野監督以下目下これが歸属について鋭意研究中である。
現在の所許さぬ 先ず敎義を理解せしむ 上野監督は語る。
右について歸山中の上野朝鮮開敎監督は語る。
まだ之はどこにも發表していないが、實は元玄敎から歸属願が出てゐるのだが目下のところでは許さぬ方針だ。で先ず毎週彼等を集め正信偈を習得せしめ真宗敎義を聴聞せしめ見込みがついたら歸属させることになろう。彼等は非常にまじめであり、拝天思想と共に兜率往生思想を抱いてゐるなど極めて注目するに足ると思う、云々。
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