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植民地朝鮮の日本人宗教者
記事題目
「支那朝鮮開敎御直諭に就て」
作者
雑誌名
『京都新報』
号数等
年月日
1895年2月10日
本文
去る五日真宗本派本山に於て朝鮮開敎の御直諭を發せられしより内外共に大奮發して已に大洲鉄然氏去七日大坂別院に出張し昨日歸京に就き同地の模様を聞くに僧俗共に御直諭の趣旨を聞き非常の感動にて大谷派及浄土宗の信徒よりも開敎費寄附の申出てたる程にて外諸県下僧俗に於ても續々使僧派遣を促し來る由
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記事題目
「支那朝鮮開敎御直諭に就て」
作者
雑誌名
『京都新報』
号数等
年月日
1895年2月10日
本文
去る五日真宗本派本山に於て朝鮮開敎の御直諭を發せられしより内外共に大奮發して已に大洲鉄然氏去七日大坂別院に出張し昨日歸京に就き同地の模様を聞くに僧俗共に御直諭の趣旨を聞き非常の感動にて大谷派及浄土宗の信徒よりも開敎費寄附の申出てたる程にて外諸県下僧俗に於ても續々使僧派遣を促し來る由