top of page
植民地朝鮮の日本人宗教者
記事題目
「朝鮮開敎史上の異彩」
作者
雑誌名
『中外日報』
号数等
年月日
1937年3月12日
本文
大谷派金貞黙氏の偉業! 鮮人の歸依者數千 新生學校設立と十六出張所を擁す
別項の如く水雲敎(弥陀敎)敎主ら幹部十二名と共に今一二日夜上洛する朝鮮僧侶養成所の老若生徒八名はいずれも大谷派朝鮮新都内布敎所主任金貞黙氏の手塩にかけられた者ばかりで四年前から毎夏一ケ月京城別院の朝鮮僧侶養成所に合宿、厳格なる僧侶生活を經たものであるが、最後の一年(本年)の夏は京城夏期學校で學びやがて大谷派敎師として朝鮮開敎の第一線に進出せんとする人々である。尚金貞黙氏は私立普通學校「新生學校」を設立すると共に十六ヶ所に出張所を設け鮮人敎化に活躍して居り令息は現に大谷中學に學び更に父君の後をついで故郷に歸り敎化に當たる事になつてゐる。現在まで氏の敎化によつて大谷派に歸依した鮮人は幾戦千に及ぶといわれている。因みに大谷派が鮮人敎化に着手したのは故渓内弌恵氏の監督時代からであるが渓内氏は現開敎監督上野興仁氏の實兄にあたるも奇縁というべきである。
bottom of page