植民地朝鮮の日本人宗教者
記事題目
「留學せる鮮僧の告白」
作者
雑誌名
『中外日報』
号数等
年月日
1917年5月9日
本文
朝鮮平安北道寧邊郡北○○○妙香山普賢寺に設立せられるたる妙香山學林を修了せる金承法(二六)、金法龍(二六)、石相川(二○)、林一九(二○)、申廣雨(二一)、沈龍眼(一五)の六氏は何れも妙香山選抜生として臨済宗花園學院に留學し成績又優良にて他日母國の布敎場裡に奮闘すべき重任を負ひ金承法、金法龍の二氏は今春同院を了へて臨済宗大學に入り専心勉學中なるも、金承法氏は某日往訪の記者を迎へ胸襟を萬丈の氣焔を吐きたり、曰くに。
四十參年に愈々併合の形式は成立した日本政府が朝鮮を其統治權下に置いて今年で既に八星霜を○したが鮮人は果して日本に心服し總督府の新政を謳歌し感謝して居るや否や、私は思ふ、總督府の政治は餘りに急激ではなからうか、朝鮮の服従は盲目的か然らずんば○儀ない服従に過ぎぬ、朝鮮移住の日本人は鮮人に対して敬梯の情があるが、私は日本人が餘りに薄情冷淡で驕慢無禮に失して居ないかと思ふ、成程朝鮮は未開野蛮であらう、生活程度其他智識に於ても遥か日本人に劣つて居よう、併し此点を以て朝鮮人を軽侮するが如きは先進一等國たる文明國人の取るべき行動ではなからうと思ふ、鮮人は爲めに却つて反感を起し精神的には却つて相離反する恐れがある、日本天皇陛下の尊き御聖旨が却つて鮮人に徹底せぬ憾みが在りはしないか、此事實を思はゞ両國間に於ける國民と國民の併合は未だ成立せず、日本の朝鮮に対する問題の解決はついて居らぬ事になる然らば如何にして鮮人を大和民族に同化させ名實相応の合併を成立せしめるか、此問題は何人によつて解決さるゝか、政治家、敎育家を俟つ事は勿論であるが精神的施設を天職とせる日本佛敎者に依つて真の合併が成立させねば嘘だと思ふ、即ち鮮人に対し圧制的政治を以て屈服させるよりも慈悲的、同情的敎導の方が適切であらうと思ふ、そして其れが聖明なる陛下の御叡慮であつて慈母が赤子に対する如き愛を見せたならば頑迷度し難き鮮人も意外に容易に心服同化せしめ得るものと感心する、