植民地朝鮮の日本人宗教者
記事題目
「韓國伝道會社を設立せよ」
作者
咄堂
雑誌名
『中外日報』
号数等
年月日
1910年1月14日
本文
舊臘一進會の徒によりて發表せられたる日韓合邦の議は其の真意の那辺にあるかを知り難しと雖も、韓國將來の運命を豫想し、韓國民の幸福の爲めに立言せるものとしては實に憂國志士の公論として其の意を諒とすべきの言たり。日韓合邦は事實の問題にあらずして名義の問題なり、國家存立の要件たる軍事、外交、司法のこと既に削られて實際の統治は我が日本の手にあり、今日に於ては唯だ独立の名を遺したる外、何物か其實ある、實なき虚名を抱て苦まんより虚名を去て實益を取るべきは韓國政府の利益たり、彼等は我が國と合せらるゝことに於て初めて立憲治下の民たり得るなり、名實ともに文明の徳澤に浴し得べきなり、合邦の議が邦人の口に出でずして彼の國人によつて唱道せらるゝは理然かあるべきからずして然かあるべき當然の事たり。更に思索すれば日韓合邦は成否の問題にあらずして時間の問題なり。
合邦を決行するにせよ、現状を維持するにせよ、彼れをして日本化せしむるは今日の急務なり、日本化せしむるといふに語弊ありとせば日本人同様の位置に引上ぐるは刻下の急務なり、無能なりと評せらるゝとも韓國統監自ら成算あらんも先進國の宗敎家はたゞ之れを無能の評ある統監に一任して座視すべきか、統監よし無能にあらずとも國民敎化の事は政治家のみの任にあらず、各宗本山の有志家が文明助長の爲め國威發揚の爲め人道鼓吹の爲め着目すべき大問題にあらざるなきか、勿論各宗各派各々計畫する所ありて小規模なる伝道の韓國に行はれざるにあらず、然れども今日の如き状態を以て鶏林八道を敎化せんことは百年河清を待つより困難なり。刻下の急務は各宗本山竝に有志家の投資による大規模の伝道會社を組織して屯田的布敎を試み彼れ國民を開化せしむるの道を畫するにあり