京城仏教各宗聯合会設立御届⑭0034

京城仏教各宗聯合会設立御届

今回韓国ニ於ケル仏教ノ発展ヲ図ラン為メ

仏教各宗歩調ヲ同一ニ致度候ニ付爰ニ仏教

各宗聯合会ヲ組織シ事務所ヲ南山町

本願寺別院内ニ設置致候ニ付此段及御

届候也

明治三十九年三月十日

真宗大谷派本願寺別院輪番

井波潜彰

浄土宗開教使長

大木霊道

真宗本派本願寺軍隊布教使

依光俊照

日宗教会堂主任

加藤清亮

真宗本派本願寺僧侶仏教済世院主

清谷恵眼

統監府内事課長児玉秀雄殿

0043

御届書

官幣中社八坂神社京都祇園永代講社長

中教正 海老原松夫

右京都府京都市下京区祇園町鎮座官幣中社八坂神社

御祭神ハ韓国御開発ノ御祖神ニ有之候因故ニ

依リ今般神徳奉賽ノ為メ京都祇園永代講社

結集布教伝道致度候間別紙書類相添ヘ此

段御届仕候也

明治参拾九年七月十七日

海老原松夫

0044

京都祇園永代講社結集ニ付神符授与願

大阪市東区森之宮東之町

鵲森宮神職 海老原松夫

今般御本社旧来ノ信徒及敬神篤志家ヲ結集シ京都祇

園永代講社ト称シ神徳奉賽神祇宣教ノ実ヲ挙ゲ

度素願ニ固テ結社致本部ヲ京都市祇園町ニ支部

ヲ各府県下及内外枢要ノ地ニ設置シ永遠不滅ノ方法

ヲ相講シ可申候間何卒神符御授与被成下度別紙規

約相添ヘ此段奉願候也

明治三十九年三月一日  海老原松夫

官幣中社八坂神社宮司正七位保科保殿

0045

京都祇園永代講社結集趣意書

京都東山ニ鎮座シ給フ官幣中社八坂神社ノ御祭神ハ

武速素箋嗚尊ニシテ御相殿左ニ御妃櫛稲田媛命ヲ

右ニ八柱ノ御子ヲ奉祀ス徃昔ヨリ 朝廷ノ御尊崇殊ニ

深ク且ツ厚ク随テ 神徳ノ赫々タルハ廣ク世人ノ瞻

仰スル所タリ

抑モ御祭神ハ 天照皇大神ノ御弟神ニマシシニ御性質

勇武ニシテ而テ開国ノ御功績モ亦顕著ナルノミナラズ夙ニ

海外ニ航行シ結ヒ進取ノ気象ヲ後昆ニ遺シ給フ故ニ国

民カ除疫鎮火防盗或ハ農ノ年穀ヲ商ノ営業ヲ祈祷

スルモノ陸続■ヲ接スル故ナキニアラズ則チ国民ノ守護

神トシテ崇敬ノ誠意ヲ尽スモ亦冝ナリ

今般諸国信徒ノ請求ニ応シ旧来ノ慣例ニ照凖シ京都

祇園永代講社ヲ結集ス冀クハ従来ノ信徒ヲ始メ

本神社信仰ノ敬神家奮テ速カニ加入アラン事ヲ

懇請ス

京都祇園永代講社規約

第壱條 本講ハ官幣中社八坂神社ノ神符ヲ内外各地ノ信徒

ニ頒布シ講社ノ拡張ト信徒ノ増加トニ努力シ

専ラ敬神ノ誠意ヲ発揮スルヲ目的トス

0046

第弐條 本講社ハ京都祇園永代講社ト称シ結社完成ノ上ハ

総本部ヲ京都祇園町ニ支部ヲ各府県下及韓国枢

要ノ地ニ設置ス但当分ノ内京都市下京区八坂鳥居

前通下河原町参拾壱番戸松田邸内ニ於テ一切ノ講務

ヲ取扱フ者トス

第参條 本講ニ加盟セントスル者ハ先ツ本部ニ申込其証票ヲ受ク

ベシ

第四條 本講ニ加入セントスル者ハ先ツ本部ニ於テ印刷シタル加

盟用紙ヲ請ヒ是ニ府県市区町村番地氏名等ヲ記

入シテ本部ニ差出シ認諾ヲ受クベシ

第五條 本講ニ加盟シタル者ハ一主専念ニ敬神ノ道ヲ尽シ共同

一致相互ニ親睦シテ国体ノ精華ヲ発揮スル事ヲ図

ルベシ

第六條 本講ニ加盟シタル者ハ本講規定ニ従ヘ誓約ヲ為スベシ

第七條 本講社員ヘハ門票並ニ印鑑ヲ交附スベシ其門票ハ

門柱又ハ入口ノ見易キ場所ニ掲示スベシ

第八條 本講社員ヘハ毎年定期又ハ臨時ニ八坂神社ノ大麻

及守札ヲ本部ヨリ授与スベシ但諸初穗料ハ授与ノ都

度之ヲ納付スル者トス

第九條 本部ハ八坂神社参拝者ノ便ヲ図リ一定ノ参拝徴章

0047

ヲ調製シ社員ニ交付スベシ徴章佩用者ニ対シテハ

神社ハ特別ノ待遇ヲ為スベシ但徴章ハ実価ヲ以テ

之ヲ附與スル者トス

第拾條 八坂神社ニ参拝スル者ニ対シテハ本部ニ於テ参拝ニ便宜

ナル所ニ一定ノ旅宿ヲ特設シ旅舎名及宿料等ヲ

社員ニ通知スベシ

第拾壱條 本講社員ニシテ団体ヲ以テ八坂神社ニ参拝ノ節ハ

汽車汽船乗降ノ場所ヲ本部ニ申出ズルトキハ其債銀ノ

割引等ニ斡旋シテ充分便宜ヲ謀ルベシ但右ノ場合ニハ交附シ

置キタル講社本部ノ印鑑ヲ携帯シ乗降ノ際其主任者

ニ示ス確証トナスベシ

0048

京都祇園永代講社誓約書

第壱條 毎朝拝式ヲ欠クベカラザルハ勿論元始祭紀元節

天長節祈年祭春秋皇霊祭新嘗祭等ヲ

始メ又毎月壱日十五日ヲ期シ互ニ会同シテ公共有益

ノ事業ヲ奨励シ又他出旅行ニハ必ス印鑑ヲ

携帯シ互ニ相示シ隔意ナク交際スベキ事

第弐條 言フニ易ク行フニ難キハ人世ノ通患ニ付キ意ヲ

爰ニ注ギ言ヲ後ニシ行ヒヲ先ニシ軽薄踈暴瀬

侟放逸等名実齟齬ノ誹ヲ招キ講社名ヲ汚

スベカラザル事

第参條 国ヲ愛スルハ家ヲ愛スルニ因リ家ヲ愛スルハ身ヲ

愛スルニ出テ則父母ノ遺体ヲ敬愛スルノ理ニ基ク

依テ先其身ヲ愛シ其家ヲ愛シ大成シテ国ヲ愛

スルノ志念忠魂ヲ確立シ専ラ外侮ヲ禦クハ本

講社ノ主眼タルベキ事

第四條 故無ク人ノ救助ヲ受クルハ大ニ一身ノ廉恥ニ関シ

人トシテ有ル可ラザル儀ニ付キ勤行黽勉自ラ助

ケ寧ロ他人ヲ救助スルモ人ノ救助ヲ欲スル等ノ劣心

ヲ抱ク可カラザル事

第五條 一国ノ富ハ一人ノ倹勤ヨリ始ル本講社ニ入ル者

0049

宜敷此意ヲ体認シ奮起シテ業務ヲ勉強スベキ事

第六條 思ヲ知ルヲ人ト言ヒ知ラザルヲ禽獣ト言フ知テ報イ

ザレバ知ラザルニ均シ依テ天恩国恩父母祖先ノ恩ハ

勿論総テ恩誼ニ報酬スルコトヲ勉ムベキ事

第七條 冠婚ハ人生ノ大礼葬儀ハ終身ノ大典ニ付キ鄭重

ニ行フベキ事ナレドモ奢侈華美ニ流レザル様節倹

ヲ旨トシテ執行スベキ事

1289

光雲寺境内地坪数増加願ニ関スル件

指令案

京畿道京城府西四軒町百六拾六番地

古義真言宗光雲寺


1290

住職澤光範

外五名

大正十五年二月二十二日附願光雲寺境内地

坪数増加ノ件許可ス

年 月 日   朝鮮総督


1291

理由

光雲寺従来ノ境内地ハ狭隘ニシテ今回本

堂及庫裏増築ノ為境内地拡張ノ必要

ニ迫ラレ其ノ地続ニ於ケル垈壱千四十一坪ヲ

譲受ケ坪数ヲ増加セムトスルモノニシテ土地

ノ所有者ハ現在本山金剛峯寺ノ所有

トナルモ建物増築落成ノ暁ニハ光雲寺ニ

於テ之カ下附ヲ受ケ其ノ所有ニ移ルヘキモノ

ニ有之何等支障ナシト認メ本案御許可

相成可然哉伺候也


1292

学第二八四号

大正十五年四月十二日 京畿道知事 印

学務局長殿

寺院境内地増加ニ関スル件

管下京城府西四軒町真言宗高野派光雲寺ヨリ寺院境内地

増加許可願提出有之候処右ハ別紙進達ニ係ル光雲寺本堂及

庫裏増築ニ伴ヒ現在ノ敷地ニテハ境内狭隘ノ為増加セン

トスルモノニ有之候條可然御取計相成度及進達候也


1293

寺院境内地増加許可願

京城府西四軒町一六六番地

古義真言宗高野派 光雲寺

一、増加坪数  壱千四拾壱坪 所在 京城府西四軒町

一六二ノ二番地 垈

二、地図面   別紙添付

三、増加スヘキ事由  境内狭隘ニシテ別願ノ通増築不可能

ナル為増加セントス

四、増加セントスル土地ノ所有権利者

現在ハ本山金剛峯寺ノ所有地ナルモ増築ト同時ニ光雲寺ニ

下付ヲ受ケ同寺ノ所有ニ移ス

五、宗派管長ノ承認所  別紙ノ通

右ノ通境内地増加致度候間御許可被成下度此段奉

願上候也

大正十五年二月二十二日

古義真言宗高野派光雲寺住職

澤光範

右寺信徒総代

京城府明治町一丁目十番地

小林勝右衛門 印

京城府新町拾七番地

北野善造 印

京城府本町弐丁目参番地

尾崎勝三郎 印

同本町壱丁目参拾番地


1294

城臺一六 印

京城府南米倉町弐拾四番地

池尻林太郎 印

朝鮮総督子爵斎藤実殿

【附箋】大正十五年二月二十二日即チ願書記載

ノ時日ニ於テ真言宗高野派ト称ス

ル宗旨上ノ公称名目ナシ右ハ古義真

言宗ト訂正セシメラレ可然存候

嘱託 渡辺彰 印


1295

第四〇号

朝鮮京城府西四軒町

高野派 光雲寺

右寺境内地壱千四拾壱坪増加

申請ノ件承認ス

大正十四年十一月十六日

真言宗高野派管長

大僧正 泉智等 印


1296~1299

図面

1300

光雲寺本堂及庫裏増築許可願

ノ件

指令案

京畿道京城府西四軒町百六十六番地


1301

古義真言宗光雲寺

住職澤光範

外五名

大正十五年三月二十二日附願光雲寺本堂及

庫裏増築ノ件許可ス

年  月  日

朝鮮総督


1302

起案ノ理由

光雲寺ハ真言宗朝鮮京城高野山別

院トシテ全鮮ノ伝道本部ニ充当スルコト

ニ協議成立シタルモノニシテ為ニ従来ノ建物ニ

テハ狭隘ヲ告ケ不便尠カラサルヲ以テ今回

本堂並庫裏ヲ増築セントシ経費十万

円ヲ以テ五ヶ年継続事業トシ本年ヨリ工

事ニ着手スル予定ナルガ経費ノ出所ハ本山

ノ補助五万円檀信徒ノ醵出金五万円ト

ナリ本山ノ補助額ハ未定ナルモ萬一補助ヲ得サ


1303

ル場合ハ檀信徒ニ於テ責任ヲ以テ之ヲ負担

スルコトヲ声明シ敷地ノ如キモ尚ホ本山ニ於テハ既ニ本山ニテ敷地ヲ買

収シ之ニ充ルコトゝナリ信徒総代小林勝右

衛門外四名ハ何レモ当地方ニ於ケル有力者

ナルト且本事業ハ長年ニ渉ル継続的ノモ

ノナレハ敢テ至難ノ業ニモアラサルヘシト思料

セラルゝニ付本出願ノ通リ御許可相成可然

哉相伺候也


1304

予算釈明書

前ニ提出セシ京城府西四軒町光雲寺増築

許可願中予算総額金拾萬円也ノ中

金五萬円ヲ本山金剛峯寺ヘ補助請願

中ニ御座候然ルニ萬一本山ガ此請願ヲ裁

用無之トキハ吾等檀信徒ハ誓ツテ責任支

出ヲナシ予定ノ工事ヲ完成可致候此段添

ヘテ申上候也

大正十五年六月十五日

京城府西四軒町光雲寺住職

少僧正 澤光範

右寺檀信徒総代

小林勝右衛門 印

北野善造 印

尾崎勝三郎 印

城台一六 印

池尻林次郎 不在

朝鮮総督

子爵斎藤実殿


1305

総督府

宗教課長殿

至急

六月十四日

西四軒町

光雲寺


1306

大正十五年五月十一日

古義真言宗宗務所 印

朝鮮総督府学務局長殿

本月三日付御照会ニ係ル光雲寺本堂改築及庫裡

新築費総額金拾萬円也中ヘ金五萬円也下附ノ件

本宗総本山金剛峯寺ヘ請願致候ハ事実ニ候ヘ共

之カ採否ハ本宗宗会ノ協賛ヲ経ベキ儀ニ候事ハ関係

者間ニ於テ添書致居候條右御了承相成度此段御回

答ニ及候也


1307

朝鮮総督府学務局長殿

高野山

古義真言宗宗務所

振替大阪七六五四

1308

光雲寺本堂改築及庫裏新

築ニ関スル件

本件ニ関スル願書及附属書類ヲ閲

シテ考慮スルニ京畿道知事ノ副申ニ


1309

詳具セル如ク工事ニ要スル経費ノ出所

ニ関シテ確定セルモノナク寄附募集ノ

如キモ予定ノ収入ハ困難ナルモノ云々ト

有之ニ依リ本件工事総経費ノ半額ヲ

負担スルコトヲ請願セリトノ具陳ニ対

シ金剛峯寺(古義真言宗管長常在地)ノ意向ヲ確

ムル為左案御問合ノ上本件許否ノ

御詮議ニ及ハレ可然モノト存候

問合案

朝鮮総督府学務局長


1310

和歌山県伊都郡高野山

古義真言宗管長宛

京畿道京城府西四軒町一六六番地

所在貴宗光雲寺ノ本堂改築及

庫裏新築願ニ対シ客年十二月十七日

附及本年四月二十二日附ヲ以テ事実相

違無之旨添書相成候ニ付テハ願書

ニ具陳スル如ク総経費拾萬円ノ内五

萬円ヲ本山金剛峯ニ下付ヲ請願

ストアル事柄モ貴職ニ於テ御承認相


1311

成候モノト認定シテ処理致シ差支無

之儀ト思考致シ候ヘトモ他日本件下

付金ニ関シテ関係者間ニ意思ノ不一

致等有之候テハ種々支障ヲ生スル掛

念モ有之ニ依リ為念及御問合候也


1312

学第二八五号

大正十五年四月十二日

京畿道知事 印

学務局長殿

光雲寺増築ニ関スル件

二月十二日付御照会ニ係ル首題ノ件夫夫

訂正再提出候ニ付取調候処右光雲寺ハ

朝鮮ニ於ケル真言宗ノ伝道本部ニ決定シ

同校(ママ)ノ普及ニ従事セムトスルモノニ有之漸次信徒増加

ト共ニ現在ノ建物ニテハ狭隘ヲ感シ増築ノ必要有之

モノト相認候得共其ノ工事ニ要スル経費ノ出所ニ関シ

テハ確定セルモノナク寄附募集ノ如キモ予定ノ収入ハ

困難ナルモノト相成候条可然御詮議相成度及

進達候也


1313

光雲寺増築願ニ関スル件

学務局長

京畿道知事宛

二月四日附学第一二八七号ヲ以テ経由進


1314

達相成候首題ノ件左記ノ廉不備ニ付

書類ヲ完備再出願セシメラレ度願

書一応返戻此段及照会候也

一 光雲寺住職ノ談ニ依レハ今回境内ヲ

拡張シタル場所ニ本堂ヲ増築スルモ

ノナルガ如シ果シテ然ラハ境内ノ面積増

加ニ付テモ併セテ寺院規則第十条第

五項ニ依リ許可ヲ受クル手続ヲ為サ

シメラレタシ


1315

一 改築ヲ増築トスル方通常ト認メラルゝニ付訂

正セシメラレタシ

一 増築ノ理由ニ付内容ヲ詳記セシメラレタ

一 増築ニ要スル経費トシテ確実ナル収入計

算明細書ヲ添付セシメラレタシ

一 寄附金五萬円募集ノ可能性ヲ有

スルカ其ノ内容ヲ詳記セシメラレタシ

一 出願ノ日附ヲ脱ス

一 檀信徒総代三人以上ヲシテ連署セシ


1316

メラレタシ

以上再出ノ場合本件ニ対スル貴管ノ御意

見副申相成度候


1317

本堂及庫裏増築許可願

京城府西四軒町一六六番地

古義真言宗高野派光雲寺

右寺今般宗派本山ト協議ノ上境内地ヲ増加シ本堂

及庫裏ヲ増築シ真言宗朝鮮京城高野山別院ト

シテ全鮮ノ伝道本部ニ充当スルコトニ決定致候然ル上

ハ従来ノ本堂及庫裏ニテハ甚タ狭隘不便ナルヲ以テ別紙

図面ノ如ク増築致度候間御許可被成下度事由

ヲ具シ此段奉願上候也

事由

一、現在ノ堂宇及庫裏ノ処分

現在ノ侭存在セシメ護摩堂トシテ使用ス

二、増築総経費

金拾萬円也  別紙詳記添付

三、同上支出内譯

金五萬円也  本山金剛峯寺下付ヲ請願ス

金参萬円也  重ナル檀信徒ノ特志寄附

金弐萬円也  一般寄附募集

四、増築仕様書

別紙添付

五、建物図面

別紙添付

六、宗派管長ノ添書

別紙添付


1318

七、起工

大正十五年四月三十日

八、落成

大正十九年四月三十日

以上

大正十五年三月二十二日

古義真言宗高野派光雲寺住職

澤光範

京城府明治町一丁目十番地

小林勝右衛門

京城府新町拾七番地

北野善造

京城府本町弐丁目参番地

尾崎勝三郎

同本町壱丁目参拾番地

城臺一六

京城府南米倉町弐拾四番地

池尻林太郎

朝鮮総督子爵斎藤実殿


1319

第一六九号

添書

朝鮮京城府西四軒町

古義真言宗光雲寺

住職澤光範

一、庫裡新築願之件

右事実相違無之候條添書候也

古義真言宗管長

大正十五年四月二十二日 大僧正泉智等 印

朝鮮総督

子爵 斎藤実殿


1320

第五十号

添書

朝鮮京城府西四軒町

古義真言宗光雲寺

住職澤光範

一、本堂改築願之件

右事実相違無之候條添書候也

真言宗高野派管長

大正十四年十二月十七日 大僧正泉智等 印

朝鮮総督殿


1321

高野山別院建築予算書

本堂  壱百拾壱坪

庫裏  七拾九坪七合五勺

一 金拾萬円也

内訳

名称 敷地買収費  数量 坪二一〇、〇〇〇

単価 三〇円四   小計 六、三〇〇円〇

石垣 数量 面坪 一二二、七五

単価 一八、    小計 二、二〇九円五

上リ段 数量 二、〇〇〇

単価 二、四    小計 五五〇円〇

盛土  立坪 一〇〇、〇〇〇

単価 二、四    小計 二四〇、

消防工事 石垣共  小計 三、000、0

本堂地盤及地量盛土石段  数量 一、000

小計 三、八五〇、〇

本堂建築費  坪 一一一、〇〇〇

単価  五二〇、  小計 五七、七二〇、〇

庫裏建築費  坪 七九、七五

単価  二六〇、  小計 一八、七三五、〇

仏像仏具      小計 五、〇〇〇、〇

諸雑費       小計 二、三九五、五

計      一〇〇、〇〇〇、〇


1322~1323

図面


1324

寄附金収入内訳

一 金拾萬円也   総予定額

内 金五萬円也   金剛峯寺下附金請願中

本山金剛峯寺会計法ハ宗会ノ協賛ヲ経ルモノニシテ下附金請

願ハ裁用サレルモノト確信ス

金参萬円也   重ナル檀信徒ノ特志寄附

已ニ五拾名ニ依ツテ壱萬五千円ノ寄附ヲ契約セリ残

額壱萬五千円ハ四百五拾名ノ檀信徒ニ依リ趣スク

募集シ得ルモノト信ズ

金弐萬円也   一般寄附額

五拾名ノ実力及信用アル当寺ノ世話係ニ依ツテ

京畿道内ノ有縁故ノ信仰者ヨリ任意ノ寄附ヲ

受クル事是亦容易ナルコトゝ信ズ

右寄附金収入ノ内訳申添ヱ候也

大正十五年四月五日

京城府西四軒町百六拾六番地

光雲寺住職 澤光範

0194

前川妙順ノ布教届書ニ関ス

ル信徒総代申出ノ件

右前川妙順ハ元ト日蓮宗所属ノ尼僧

ニシテ現今ハ本門法華ニ僧籍ヲ置

0195

クモノナリ而シテ同人ハ平壌府泉町ニ居

住シ大正十五年十月十六日附ヲ以テ布教

届並ニ布教所設置届ヲ差出シタルモ

其ノ修学履歴洵ニ低級ニシテ布教者

タル資格ヲ有スルモノト認メ難ク尚ホ教

師分限ヲ享有スル点ニ付テモ甚タ疑ハシ

キ廉アルヲ以テ篤ト取調候処布教者タ

ル資格分限ヲ有セサルコト明カナルヲ以テ

成規ニ依リ正当ノ手続ヲ経テ届出ノ

書類ヲ却下致シ候処過般来右

0196

前川妙順ノ行為ヲ援助セムトスル宮原

寅次郎外四名ノ者其ノ信徒総代ト

称シテ別紙ノ通政務総監ヘ陳情的ノ

願書ヲ提出シ尋テ所願ノ貫徹ヲ要

望スル陳情書ヲ提出シ来レリ

右宮原寅次郎外四名ヨリ提出セル願書

ハ地方官庁ヲ経由セス直接ニ政務総監

ヘ差出シ秘書官査閲ノ上主務課ヘ

交付相成候ニ付曩ニ却下処分禀議

ノ際縷述セル要旨ヲ登陳ヘ決裁ヲ仰ク

0197

骨目ト為シ而シテ本件ハ秘書官ヨリ

提出書類ヲ差戻サルルコトニ取扱可然モ

ノト思考シ其ノ文案トモ併セテ左ニ相

伺候

一前川妙順ハ元ト日蓮宗所属ノ尼僧

ナルカ大正十五年二月十五日附ヲ以テ脱宗

届ヲ宗務院ニ提出シ同年四月五日

宗務院ニ於テ該届書ヲ受付同日

僧籍ヲ削除セル事実ハ別紙日蓮

宗管長ノ回答ニ依テ明カナル所ナレハ

0198

前川妙順ハ大正十五年四月五日日蓮宗々

務院ニ於テ僧籍削除迠ハ日蓮宗所

属ノ尼僧タルコト確カナル事実ナリ

二然ルニ本門法華宗管長ハ前川妙順

カ前ニ日蓮宗所属ノ尼僧タルコトノミヲ

認メ同人カ自宗ニ帰属セル事特ニ帰

属ノ時日等ニ付テハ之ヲ確ムル手続ヲ

為サス所属寺院及僧侶ノ申立ヲ偏

信シテ

(イ)大正十五年二月五日本山光長寺ニ於

0199

テ前川妙順ニ入寺、昇堂及交衆ヲ

許シタル折紙ヲ与ヘタル事実ヲ認メ

(ロ)大正十五年二月七日本山光長寺ヨリ

差出シタル僧籍編入願ヲ許容シテ

前川妙順ヲ本門法華宗所属ノ

尼僧ト為シ

(ハ)大正十五年三月二十九日ニ在リテ前川妙

順ヲ教師補ニ補命セリ而シテ補

命ノ事由ヲ推尋スレハ前ニ日蓮宗ニ

教師タル経歴アルニ由ルト云フニ在リ

0200

以上別記シタル事実ヲ比較シテ検考スル

トキハ本門法華宗管長ノ処置ハ他

宗ニ属スル僧侶ヲ自宗ニ帰属セル如ク

仮装セル部下ノ寺院僧侶ノ申立ヲ軽シ

ク信用シテ僧籍編入及教師補命ヲ

為シ以テ宗制寺法ノ施行上ニ例行逆施

ノ結果ヲ顕ハシタルモノナリ特ニ僧侶ノ

法縁ハ師弟関係ノ誓約ニ依テ成立ス

ルモノナレハ山田日要ト前川妙順ノ師弟

関係成立以前(師弟関係ハ大正十五年三月

二十九日ニ在リト本人ハ申立タリ)

0201

即チ二月七日ニ在テ僧籍編入ヲ許シタ

リト云フハ益以テ不合理ノ事実ヲ暴露

セルモノト云ハサルヘカラス

之ヲ要スルニ宮原寅次郎外四名ノ陳情

的出願ハ宗内ノ事情ニ通セス且ツ前

川妙順カ姑息弥縫ノ策ヲ弄シテ官

民ヲ瞞著セムトスル非行者タルコトヲ知

曉セスシテ徒ラニ片言ヲ聞キ認容シ

難キ事柄ヲ認容アラムコトヲ請フモ

ノナレハ左案ヲ以テ秘書官ヨリ御申

0202

入相成可然乎

朝鮮総督秘書官

平壌府泉町二二

宮原寅次郎殿

外四名

九月三日書留郵便ヲ以テ前川妙順ノ

布教届出ニ関スル件ニ付政務総監

宛ニ書面御差出相成候ニ依リ夫々

取調候処右ハ主務ノ局課ニ於テ調

0203

査ノ末成規ニ照シ受理スヘカラサルモノ

ト認メ相当手続ヲ経テ却下相成タ

ルモノニ候間右様御了知相成度依

テ御送付相成タル書類ハ之ヲ一括シ

テ差戻シ候ニ付御査収相成度候

0204

京城総督府官舎

湯浅政務総監閣下

書留親展

0205

平壌泉町二二

大正庵信徒一同

十二月二日

0206

政務総監   秘書課長

学務局長   文書課長

謹んで残暑の折柄遥に伏して

閣下の御健康を祈り奉候

非礼お顧ず此処に書状お上り

嘆願に及び候

昨大正十五年十月十六日別紙

法華宗布教所認可願を平

壌府庁へ差出し平安南庁を経

し総督府へ上申あり認可あるべ

きお信じ候越への昭和二年三月

十六日別紙の理由を記し返戻致

され候前川師の落胆信徒一同

の失望其極に達し候前川師わ

人格高潔の尼僧にして私欲なく

只管仏道に精進致され候別紙

甲の通り本門法華宗管長飯高

日享師より教師に叙られ仏道に入

りて八年僧侶としての資格有之

候に係らず 本門法華宗宗制

及宗規に依りて適法に教師分限

を有するものと認め難き旨お以て

本府より返戻相成り候も本門法

華宗に於てわ管長よりの免状

の外他に僧侶なるの免状の出ずる

所無之最も神聖なるものと信じ

申候宗制宗規に依らざる免

状を一宗の管長より下附あるべき

道理無之候 去る三月二日京城

鶴松寺住職御牧清勤師より

招電に接し前川師わ信徒総代

を伴ひ出城御牧師へ面会の節

の御話に四五日内に学務局より視察

に出張相成るとの事に候わば相

待ち居り候も何等視察もなく其

れより十余日お経て三月十六日に返

戻と相成り候 現時朝鮮に於ても

各所に仏教団体の組織お見

0207

教隆盛の機運に向わんとし朝鮮

現下の情勢に照し誠に喜ばしき

事に候当平壌に於ても各宗各派

多数有之真言宗醍醐派の如き

第一第二第三分教会まで有之候

前川師へ本山より下附せられたる

免状が宗規に依るか否やわ本門

派本山へ御照会下さらば直ちに判

明致す次第に候前川師の人物

に就てわ当地警察なり府庁より

御聞き取り被下度何卒布

教所設置届に儀に就き再

調査仰その程付伏して奉願

湯浅政務総監閣下

大正庵信徒総代

宮原寅次郎

肱岡愛之進

木村勘藏

杉江なか

0208

平壌府泉町二二

大正庵

信徒一同

0209

朝鮮総督府

湯浅政務総監閣下

親展

0210

謹んで閣下の御健康

お遥奉祈候

非礼お顧ず再び書状

お呈し閣下に御申上候

九月三日布教所認可

届再提出仕り候処未

だ当夜道庁へ御伺い仕り

候も未だ御認可のお達

し無之本年却下に相成

り候わ前川師所持の祈

祷免状の発行者たる

静岡県駿東郡足抦柄村

竹(*)の下要名山常唱院

山田日要師が免状発

行の資格なきと中彿せる

者あり為めに却下に相成

り候由此度聞(**)き及び候果

して右山田日要師に

右の資格の有無充分御

調査の上何卒御認可

仰せ出し被下度一同伏

して奉願上候

湯浅政務総監閣下

信徒総代

宮原寅次郎

肱岡愛之進

木村勘藏

杉江なか

(*)「竹」、(**)「聞」:竹永三男氏よりご教示頂きました。

0212

日蓮宗

昭和二年十二月三日

日蓮宗管長 酒井日慎

朝鮮総督府学務局長殿

尼僧ノ宗派転属及師僧替ノ件回答

本年十一月二十九日附御照会神戸市兵庫永澤町二丁目十四番地前川妙順

ノ件左記ニ回答候

一、御照会ノ列記事項ノ内二ノ三ハ相違無之候

一、前川妙順カ本宗ノ僧籍ヲ離レタル年月日

右前川妙順ハ大正十五年二月十五日附ヲ以テ脱宗届ヲ提出、同年四

月五日受附同日僧籍削除

0213

尼僧ノ宗派転属及師僧替

ノ事実問合ノ件

朝鮮総督府学務局長

東京市芝区二本榎町一丁目一五

0214

日蓮宗管長宛

左記ノ事項ニ付貴宗取扱上ノ事実

詳ニ承知致度御手数ナカラ御取

調至急御回報煩ハシ度及照会候候

神戸市兵庫永澤二丁目十四番地

前川妙順

明治三年三月二十六日生

一 旧名瀧千代大正十年八月十九日妙順

ト変更許可ノ旨届出タルコトヲ戸籍

謄本ニ記載アリ

0215

二 大正八年五月十五日東京府荏原郡六

郷村観乗寺住職増田宣輪ニ入

三 大正十一年五月十五日日蓮宗宗務院ヨ

リ四級試補ニ叙セラル

四 大正十五年三月二十九日静岡県駿東

郡足柄村要名山常唱院住職山

田日要ニ入弟

五 大正十五年三月二十九日本門法華宗

管長ヨリ教師補ニ叙セラル

0216

六 大正十五年五月二十一日訓義ニ叙セラル

右ハ前川妙順カ大正十五年六月一

日附ヲ以テ調製シ署名捺印ノ

上布教届ニ添テ提出シタル履歴

書ノ大要ナリ

問合ノ要点

以上列記事項ノ内二、三ニ記載セル事

実ハ貴宗ニ於テ確認セラレアリヤ

又前川妙順カ貴宗ノ僧籍ヲ離シ

タル年月日即チ宗派替師僧替ニ

0217

原由シテ日蓮宗ノ僧尼籍ヲ除カレタ

ル時日ヲ正確ニ回報煩ハシ度

本案起案ノ理由

本件ハ前川妙順ヨリ差出シタル布教届

並ニ布教所設置届ヲ却下シタル事ニ付

其ノ信徒総代ト称スル宮原寅次郎外四

名ヨリ公式ニ依ラス政務総監宛ニ書

面ヲ差出シタル為関係文書ヲ秘書官

ヨリ回付ヲ受タルモノニ有之候

0218

本件ハ身分閲歴ニ齟齬アル事実ヲ

根拠トシテ布教師タル資格分限ヲ有

スルコトヲ骨張スルモノナレハ素ヨリ以テ御

認容可相成筋ニハ無之候ヘトモ此ノ機

会ニ於テ前川妙順カ事実ヲ虚構

スル證迹ヲ確挙スル為日蓮宗宗務

院ニ問合ノ必要ヲ認メ本案ヲ具シ御

伺候也

0219

写第壱号書

印可

印 本門法華宗  前川妙順

入寺昇堂令交衆畢

大正十五年二月五日

大本山光長寺印

0220

写第二号書

光長 僧籍編入願

拙山末常唱院住職山田日要徒弟

前川妙順儀本月五日付ヲ以テ入寺許容

致候條貴庁僧籍ヘ編入相成度

此段及申請候也

大正十五年二月七日

光長寺住職

大僧正 木村日舜 印

本門法華宗

大僧正 飯高日享殿

0221

行賞申請書(写)

静岡県駿東郡足抦村常唱院住職

山田日要徒弟

教師補 前川妙順

右前川妙順尼ハ新領土タル朝鮮ニ於テ立

正大師ノ教風ヲ宣陽シ数多ノ信徒ヲ得テ

既ニ教会所設立ノ基礎ヲ確立シテ出願ノ

運ニ至リ居ル次第ニ御座候得共同人ニ対

シ特別ノ御詮議ヲ以テ行賞ノ榮ニ預リ度

此段願上候也

大正十五年七月八日

右師僧

山田日要 印

本門法華宗第八教区

宗務取締 能受日章 印

本門法華宗管長

大僧正 飯高日享殿

0222

行賞副申書

拙山末静岡県常唱院住職山田日要徒弟

教師補前川妙順義別紙申請書ノ通リ新

領土タル朝鮮ニ於テ布教ニ従事シ多数信

徒教化セシメタルハ奇特トス依テ宗規第十四

号第一条第一項及第五項ニ依リ行賞相成

度此段及副申候也

大正十五年七月八日

大本山光長寺住職

大僧正 木村日舜 印

本門法華宗管長

大僧正 飯高日享殿

0050

在韓国浄土宗現況

一 教会所、十二所

京城、仁川、開城、水原、釜山、馬山浦、大邱

群山、江景、平壌、鎮南浦、海州

一 邦人布教師、十六人

一 同上補助員 五人

一 在留邦人信徒 約三千六百九十人

一 韓人教会 百八十三所

一 同上会員 約三万二千五百人

一 教会所々属日語学校 五校

開城学堂、京城明進学校(韓僧教育)、海州

日韓語学校、群山日語学校、大邱日語夜学校

以上

右報告申上候

明治三十九年七月十七日  井上玄真

0136

官報記載

基督同信会朝鮮布教管

理者設置届ノ件

官報掲載 案

布教管理者設置 基督

0137

同信会ニ於テハ全羅南道務安

郡一老面龍山里五拾七番地居

住園田千歳ヲ布教管理者ト定メ

タル旨大正十五年七月九日届出タ

0138

官報記

載ニアラ

各道知事ヘ通牒案

学務局長

各道知事宛

全羅南道務安郡一老面義山里居

住人見鹿太郎ヨリ基督同信会

布教管理者設置ノ旨大正十五年

七月九日附ヲ以テ届出ニ依リ取調ノ上

内地ノ振合ニ依リ右同信会ヲ一派ノ

教団ト認メ候ニ付左記各項及通牒候也

0139

一、宗教ノ名称

基督同信会

二、教規

基督同信会ニ於テハ別ニ教規ヲ

設ケス聖霊ニ依リ聖書ノ教エル純

福音ヲ信シ各自心霊ノ修養ヲ勉

ムルニ在リ其ノ他詳細ハ別紙ノ通

三、布教ノ方法

全羅南道務安郡一老面龍山里

三郷基督集所ニ於テ毎日曜日午

0140

前日鮮信徒一同会合礼拝説教ヲ

ナシ且ツ地方信徒家庭集会及ヒ個

人訪問伝道等ヲ為ス

四、布教管理者ノ権限

基督同信会ニ於テハ集会信徒一同

ノ推薦ニ依リ布教管理者ヲ定ム

ルモ其専断ヲ許サス凡テ信徒ニ謀

リ其協議ニ頼ルモノトス

五、布教者監督ノ方法

基督同信会ニ於テハ集会信徒一

0141

同ノ推薦ニ依リ布教者ヲ定ムルモ其

布教者ハ直接聖霊ノ指導ノ儘ニ

布教スルモノニシテ其監督ヲ必要トセス

若シ布教者ニシテ聖書ノ教エル純福

音ノ道軌ヲ逸スルガ如キコトアル場合

ハ集会信徒一同ノ協議ニ依リ之ヲ

戒直スルモノトス

六、布教事務所ノ位置

全羅南道務安郡一老面龍山里

七、布教管理者氏名

0142

園田千歳

以上

起案ノ理由

本件届出ヲ審査スルニ本教ハ元

「プレマスブレズレン」ト称シ内地ニ於テハ

「日本基督同胞教会」ト公称セシモノ

ナルガ昭和元年末新ニ「基督同信会」

ト改メ爾来日本基督同胞教会以外

ノ一派トシテ取扱フコトトナリタルモノ

0143

ニシテ教勢尚微弱ナルモ本教会ハ内

地ニ於ケル基督同信会ノ決議ニ依リ

布教其ノ他ノ行動ヲ為スモノニテ本人ハ

其ノ履歴上一教ノ統轄者トシテハ稍ヤ不

充分ノ感アルモ本教ハ聖書ニ基キ届

出ノ各項ヲ他ノ羈束ヲ受ケス特立シテ

処理スル一派ノ教団ニシテ別ニ不都合

ノ廉ナシト認メラレ候ニ付此儘御是認相

成可然哉依テ前記各案ヲ具シ御

高裁候

0144

布教管理者設置届

今般布教管理者ヲ設置致候ニ付布教規則第七条

第二項第六条第二項ニ依リ左記事項ヲ具シ此段及御

届候也

大正十五年七月九日

全羅南道務安郡一老面義山里

栄和農場代表者

三郷基督集会信徒総代

人見鹿太郎

(但シ基督同信会ニ於テハ各地集会ハ個々別々聖霊ノ指

導ニ俟ツ而巳ニシテ管長等ノ如モノナシ)

朝鮮総督子爵斎藤実殿

一、宗教及其教派ノ名称

基督教、其教派ハ世界的ニ所謂プレマスブレズレン基督同信会

二、教規プレマスブレズレン基督同信会ニ於テハ別ニ教規ヲ設ケズ聖霊ニ依リ聖書ノ

教ユル純福音ヲ信ジ各自心霊ノ修養ヲ勉ムルニ在リ

三、布教ノ方法

全羅南道務安郡一老面龍山里三郷基督集会所ニ於テ

0145

毎日曜日午前日鮮信徒一同会合礼拝説教ヲナシ且ツ地

方信徒家庭集会及個人訪問伝道等ヲ為スナド以上ノ

方法ニ依ル

四、布教管理者ノ権限

プレマスブレズレン基督同信会ニ於テハ集会信徒一同ノ推薦ニ依リ布教

管理者ヲ定ムルモ其専断ヲ許サズ凡テ信徒ニ謀リ其協議ニ頼ル

モノトス

五、布教者監督ノ方法

プレマスブレズレン基督同信会ニ於テハ集会信徒一同ノ推薦ニ依リ布教

者ヲ定ムルモ其布教者ハ直接聖霊ノ指導ノ儘布教スルモノニシテ

其監督ヲ必要トセズ若シ布教者ニシテ聖書ノ教ユル純福音

ノ道軌ヲ逸スルガ如キコトアル場合ハ集会信徒一同ノ協議ニ依

リ之ヲ戒直スルモノトス

六、布教事務所ノ位置

全羅南道務安郡一老面龍山里三郷基督集会所ヲ以

テ之ニ充ツ

七、布教管理者氏名

全羅南道務安郡一老面龍山里五十七番地

園田千歳

以上

0146

履歴書

原籍 熊本県玉名郡樋島村大字樋島千八百八拾六番地

現住所 全南務安郡一老面龍山里五拾七番地

園田千歳

明治二十九年八月八日生

一、学業 明治参拾六年四月玉名郡樋島尋常高等小学

校ニ入学、同四拾四年同校高等小学ノ全課程ヲ卒業ス

一、信仰経歴 大正参年拾月熊本県元代議士三津家

伝之氏其他同県有力者多数ノ経営ニ係ル全南珍島郡

珍島殖産株式会社ノ干拓締切工事ノ為メ渡朝、同工事

ニ携ル事八年、超ヘテ大正拾一年六月当栄和農場

代表者人見鹿太郎氏ノ招聘ニ依リ同農場干拓工事

ニ従事スルカタワラ基督ノ福音ヲ聞キ主ノ十字架ノ真

理ヲ味ヒ深ク感激措ク能ワズ是コソ我等全人類ノ信ジ

仰グベキ真理(まこと)ノ神デアリ又、活ケル宗教デアル事ヲ確信シ

洗礼ヲ受ケテ基督信者トナル

然シテ爾後キリストヲ信ズル日鮮諸氏等ト交リ倶ニ聖書

ニ親テ学バシメラレ活神キリストノ救極ト愛ヲ教エラレ其ノ

恩寵(めぐみ)ト真理(まこと)ニ浴シ今日ニ至ル

一、賞罰 無シ

右ノ通リ候也

大正拾五年六月拾七日

右 園田千歳

0147

基督教中「プレマスブレズレン」ニ

関スル件

学務局長

文部省宗教局長宛

0148

全羅南道務安郡一老面ニ根拠ヲ

有スル三郷基督集会信徒総代人見

鹿太郎ヨリ「プレマスブレズレン」ノ教旨ヲ

宣布スル為布教管理者設置ノ件別紙

ノ通申出候処貴局ニ於テハ右「プレマス

ブレズレン」ヲ独立ノ一派ト認メテ御取扱

相成居候哉御手数ナカラ御回報相煩

ハシ度及照会候也

追テ御回報ノ節ハ別紙布教管理者

設置届御返戻相成度申添候

0149

文部省

官宗四八号

大正十五年九月二十日

文部省宗教局長 下村壽一

朝鮮総督府学務局長殿

八月十二日付御照会ノ「プレマスブレズレン」ハ日本基督同胞教会

ノ名称ヲ以テ基督教中ノ一派ト認メ取扱ヒ居ルニ付右御了知相成度

追テ別紙布教管理者設置届返戻ス

(終)

0150

布教管理者設置届ニ

関スル件

学務局長

全羅南道知事宛

0151

七月十三日貴庁経由貴管下務安

郡一老面義山里栄和農場代表

者人見鹿太郎ヨリ三郷基督集会信

徒総代トシテ「プレマスブレズレン」ノ

教旨ヲ宣布スル為布教管理者

設置ノ件別紙ノ通申出候処内

地ニ於テハ「プレマスブレズレン」ト称

スル教派名ヲ「日本基督同胞教会」

ト公称スル事ニ相成居ヲ以テ朝

鮮ニ於テモ右同様ノ公称名義ヲ用

0152

ユル事ニ致度候間右之趣届出人

ニ御指示ノ上相当訂正セシムル

様御取計相成度依テ関係書類

一応返戻及照会候也

0153

学第四〇二号

昭和元年十二月二十八日

全羅南道知事

学務局長殿

布教管理者設置届ニ関スル件

九月三十日附ヲ以テ御照会相成候首題ノ件ニ関シ本人ヨリ別紙ノ通

陳情致候條一件書類添付及進達候也

0154

陳情書

大正十五年七月九日付別紙諸届書ニ対シ同年十一月一日付

ヲ以テ「プレマスブレズレン」ト称スル教派名ヲ「日本基督

同胞教会」ト訂正ノ上提出可致旨ヲ以テ該書類却

下相成候処其性質タルヤ日本基督同胞教会ト

ハ全然別種ノモノニ有之而シテ内地ニ於テ我等ト信仰

ヲ同等ニスルモノ頗ル多ク彼等総代タル者本年十月東

京市ニ集合シ評議ノ結果「基督同信会」ヲ教

派名トシ其筋ノ諒解ヲ得已ニ届済ニ付別紙諸届

書中「プレマスブレズレン」トアルヲ基督同信会ト訂

正致候間可然御取計ヒ相願度此段陳情候也

大正十五年十一月二十九日

全羅南道務安郡一老面義山里

栄和農場代表者

三郷基督集会信徒総代

人見鹿太郎

朝鮮総督子爵斎藤実殿

0155

別紙

陳情書

写添付

基督教教派名ニ関スル件

朝鮮総督府学務局長

文部省宗教局長宛

全羅南道ニ根拠ヲ有スル三郷

0156

基督集会信徒総代ヨリ基督教

「プレマスブレズレン」ノ教旨ヲ宣布スル

為布教管理者設置ノ件申出ニ付

「プレマスブレズレン」ノ教派名ニ関シ曩

ニ及御問合候処大正十五年九月二十

日附官宗四八号ヲ以テ「プレマスブレズ

レン」ハ日本基督同胞教会ノ名称ヲ

以テ基督教中ノ一派ト認メ御取扱ノ

旨御回答ノ次第モ有之候ニ付右様

名目ヲ訂正スヘキ旨ヲ指示シ書類

0157

差戻候処今回別紙陳情書写ノ通

大正十五年十月評議ノ結果「基督同

信会」ヲ教派名トスルコトニ定メ已ニ届

済ノ趣申出候ニ就テハ貴局ニ於テ

「基督同信会」ヲ一派ノ教派名トシ

御取扱ヒ相成居候哉否御手数ナカ

ラ至急御回報相煩シ度及照会候

0158

文部省

官宗一一号

昭和二年三月二十五日

文部省宗教局長 下村壽一

朝鮮総督府学務局長殿

二月四日付ヲ以テ基督教「プレマス、ブレズレン」ノ教派名ニ関シ

再ヒ御照会相成タル処右ハ従来日本基督同胞教会所属ノモノトシテ

扱ヒ候処客年末新ニ「基督同信会」ナル名称ヲ具シ其教義要網信仰

箇條ヲ提出シ一派取扱ヒ方ヲ願出タルニ依リ爾来日本基督同胞教会

以外ノ一派ト認メ取扱フコトトセルモ教勢尚微弱ナル為本省統計報

告等ニハ其派名ヲ掲記セス『其ノ他』ノ項中ニ包含取扱ヒ居ルモノ

0159

文部省

ニ付右御了知相成度

(終)

0160

基督同信会布教管理者

設置ニ関スル件(有添付物)

朝鮮総督府学務局長

全羅南道知事宛

0161

昨年十二月二十八日附ヲ以テ布教管理者

設置ニ関シ本人ノ陳情書ヲ添ヘ御進

達相成候処右ハ内地ニ於テ従来「プレマ

ス、ブレズレン」ハ日本基督同胞教会所属

ノモノトシテ取扱ヒ居候処客年末新ニ

「基督同信会」ナル名称ヲ具シ其ノ教

義要網信仰箇條ヲ提出シ一派ノ取扱

ヒ方ヲ願出テ爾来日本基督同胞教会

以外ノ一派トシテ取扱ヒヲ受ケ居候趣ニ付

朝鮮ニ於テモ右同様教義要網信仰

0162

箇條ヲ豫メ了知シ置クノ必要有之候間

右之趣届出人ニ御指示ノ上届書中

ヲ相当訂正セシメ且ツ教義ノ要領及信

仰箇條ヲ記載セル文書ヲ提出セシムル

様御取計相成度依テ関係書類一応

返戻及照会候也

追テ本教会ハ内地ニ於ケル基督同

信会ノ決議ニ依リ布教其ノ他ノ

行動ヲ為スモノナリヤ否御取調

御回報相成度候

0163

学第四〇二号

昭和二年七月八日

全羅南道知事

学務局長殿

基督同信会布教管理者設置ニ関スル件

四月十二日附ヲ以テ御照会相成候首題ノ件別紙ノ通同会会則並沿革

書ヲ徴シ進達致候條可然御取計相成度及回報候也

追テ同教会ハ内地ニ於ケル基督同信会ノ決議ニ依リ布教其他ノ行

動ヲ為スモノニ有之候條御了知相成度申添候

0164

回答書

昭和二年五月三十日付ヲ以テ当三郷基督集会布教

管理者設置届書類御却下ニ相成其理由トシテ内

地ニ於ケル基督同信会ノ決議ニ依リ布教其他ノ行

動ヲ為スモノナリヤ若シ然リトスレバ該教義要網信仰

箇條ヲ豫メ了知シ置クノ必要有之ニ付相当訂正ノ

上改メテ提出可致云々

当三郷基督集会ハ全ク内地基督同信会ト関聯

ノ下ニ同一ノ教義ニ依リ布教行動致候義ニ付同一主

義ノ内地各集会ヲ代表スル別紙基督同信会東京集会

規則並ニ基督同信会ノ沿革三通ヅゝ相添エ前御届書

類ヲ其儘提出仕リ候方便宜ト相信シ申候間可然御取

計ヒ相成度此段及御回答候也

昭和二年六月 日

全羅南道務安郡一老面義山里

栄和農場代表者

三郷基督集会信徒総代

人見鹿太郎

0165

基督同信会ノ沿革

本会ノ成立

明治二十二年二月東京市日本橋区ノ青年基督者数名ガ区

内ニ於ケル青年ヲ善導センガ為ニ一ノ会ヲ組織シ区内本銀

町ニ会場ヲ設ケ智育トシテ会員ニ英語ヲ教授シ体育トシテ

柔術ヲ指南シ徳育トシテ聖書ノ講義ヲ為セリ

其頃英国ケンブリッヂ大学卒業ノ青年宣教師ニシテ何派ニモ

属ゼザルエッチ、ヂー、ブランド氏ノ来朝セラルルアリ同氏ヲ招キテ

聖書ノ講義ヲ聴ケリ氏ハ聖書ニ基キテ基督教ノ真髄ヲ説キ

神ノ恩寵ノ福音ヲ語ル其ノ所説ノ真理ニシテ霊的ナル解釈

ニ感ジ来リ聴ク者漸ク加ハリ同年十月純然タル基督者ノ集

会ヲ形成スルニ至レリ是レ当集会ノ発端ナリ其後信徒ノ数

加ハリ明治二十七年六月神田区鎌倉町ニ会場ヲ移シ又明

治三十九年十一月神田区錦町ノ現所ニ転ジテ今日ニ至レリ

現今本会所属集会所及伝道所ハ東京、大阪、京都、神戸、

姫路、名古屋、横浜、弟ケ崎、浦和、堺等ニアリ

本会所属信徒ハ全国ニ亘テ壱千余名アリ尚ホ朝鮮ニ数

百名アリ

名称

父ナル神ヲ信ジ基督ヲ救主ト信ズル者ハ神ノ教会ニ属スルモノニシ

テ全世界ノ信者ハ霊ニ於テ一体ナリソコニ分派アルベキ筈ナシト

信ズルガ故ニ他ト区別セル何等ノ名称ヲ有セズ信徒ハ平等ニ

兄弟姉妹ト称ヘ集マル時ニハ聖書ニ因リ「主ノ名ニ集メラ

ルル」ト云ヒ集会所ヲ単ニ基督信徒集会所ト呼ビ来レリ

0166

附記 基督同信会ナル名称ハ集会所設立出願ノ便宜上新

タニ附セルモノナリ

教義

旧新約聖書一巻ヲ以テ教義信條トナシ別ニ教義ヲ制

定セズ又何等規則ラシキモノヲ設ケザリキ

儀式及集会

基督ヲ信ズル旨ヲ言現ハセル者アルトキハ其信仰ヲ確メタル上聖

書ニ基キ「バプテスマ」ヲ施セリ「バプテスマ」ハ教役者ニ限ラズ先

ニ基督者トナリタル者之ヲ施行セリ

毎主日(日曜日)「主ノ晩餐」ヲ守リ礼拝ヲ為ス信者ハ平等

ニ神ニ属ケル祭司トシテ選バレ直接ニ父神ト主イエス、キリスト

ヲ礼拝シ奉ルノ特権ヲ賦与セラレ此点ニ於テ教師ノ賜物アルモノト

平信徒トノ区別ナシト信ジ各自聖霊ノ示ス順序ニ従ヒ或ハ聖書

ヲ朗読シ或ハ賛美感謝礼拝ヲ為セリ

「主ノ晩餐」ニハ基督者ナレバ何人ニテモ与カルコトヲ得シム但異

端ヲ唱フル者不道徳ノ行為アル者ハ之ヲ拒絶シ又初メテノ列席

者ニハ他ノ紹介ヲ求メ新タニ「バプテスマ」ヲ受ケシ者ハ「主ノ晩

餐」ノ意義ヲ了解セシメテ後之ニ与カラシメ居レリ列席

者中志ヲ立テシメラレシ一人ハ進ンデパンヲ擘キ一同ニ分ツ事

ヲ為セリ

建徳会ニ於テハ聖霊ノ賜物ヲ受ケタル教師牧師伝道師ト認ム

ル信者ヲ通ジテ聖書ニ基ヅキ教ヲ受ル事勿論ナルモ聖霊ノ

導キノ儘ニ何人ニテモ教義ヲ説キ所感ヲ発表スルノ自由ヲ有セ

0167

伝道者ニ於テモ教役者ニ限ラズ何人ニテモ基督ノ福音ヲ證スル事ヲ為セ

リ土地ノ状況ニヨリ必要ニ応ジ日曜学校ヲ開設シテ信徒並ニ一般家庭ノ児

童ニ基督教々育ヲ施スコトヲ為セリ

教役者及布教ノ方法

基督ヲ信ジ救ハレシ者ハ之ヲ他ニ伝ヘテ同ジ恩恵ニ浴セシムル事ハ

基督ノ命ニシテ又福ヒナル義務ナルヲ確信シ各自福音ヲ宣伝セリ

但シ特ニ天職トシテ専ラ教役伝道ニ従事スル者ニ対シテハ之ニ生活及

伝道ノ費用ヲ給スルコトヲセリサレド贈与ノ契約ヲナサズ従テ金額ノ

定モナク受クル者モ与フル者モ双方共信仰ニ由リテ行ヒ来レリ

集会所ニ於テ聖書ヲ講ジ福音ヲ宣伝シ又ハ信者求道者ノ宅ニ於テ

或ハ路傍ニ於テ之レヲ為シ又定期刊行物及随時出版物ヲ以テ文書布教

ヲ為シ来レリ

管理及会計

本会ハ別ニ管理者ヲ定ズ全国信徒中ヨリ選出セラレタル代表者若

干名ノ会議ニヨリテ之レヲ管理セリ

会計主任ハ代表者中ヨリ互選ヲ以テ之ヲ定メ任期ハ一ケ年トシ重

任妨ゲズ

会計主任ハ全国各地集会及信徒ヨリ収納セル金銭ヲ保管シ又

之ガ支出ヲナス

各地集会ニ於テハ毎主日礼拝後函ヲ回シ他ニ知ラシメズシテ任意ノ

献金ヲ為サシム但シ伝道用及集会所費ノ二口ヲ設ケ伝道金

ハ之ヲ全国会計主任ニ送金シ集会所費ハ集会々計

掛之ヲ取扱ヒ来レリ

以上

0168

基督同信会東京集会規則

一 本会ハ基督同信会東京集会ト称ス

二 本会ハ事務所ヲ東京市神田区錦町三丁目二十四番地ニ置ク

三 宗教ノ名称ハ基督教ノ中基督同信会

四 本会ハ基督同信会教役者並ニ信徒有志ヲ以テ当集会所其

他便宜ノ処ニ於テ儀式ノ執行及教義ノ宣布ヲナシ又文書ヲ以テ伝道ヲナス

五 本会ノ集会ハ左ノ如シ

一 「主ノ晩餐」及礼拝ハ毎主日(日曜日)集会所ニ於テ之ヲ行フ

ニ 建徳会及伝道会ハ随時集会所其他適宜ノ所ニ於テ之ヲ開ク

三 祈祷会ハ毎週一回以上集会所其他適宜ノ所ニ於テ之ヲ開ク

四 感謝会、聖書講習会、婦人会、青年会等ハ随時集会所其他適宜ノ

処ニ於テ之ヲ開ク

五 日曜学校ハ毎日曜日集会処ニ於テ之ヲ開ク

六 本会ハ聖書ニ基キテ「バプテスマ」ノ式ヲ行フ

「バプテスマ」ヲ受ケントスル者アルトキハ二名以上ノ信徒ヲ以テ其信仰ヲ確メ

適当ト認メタル後教役者又ハ陪餐者信徒之ニ「バプテスマ」ヲ施ス

モノトス

七 「バプテスマ」ヲ受ケシ者ニシテ陪餐者タラント願フ者アルトキハ集会

ハ予メ二名ノ陪餐者ヲシテ「主ノ陪餐」ニ対スル辨ヘアルヤ否ヤ又聖

書ノ厳誡ニ背キタル行為ナキヤヲ調査セシメ適当ト認メタル上出

席信徒ノ同意ヲ得テ請容ルルモノトス

「主ノ陪餐」ハ陪餐者タル信徒之ヲ執行スルコトヲ得

八 陪餐者ニシテ聖書ノ真理ニ適ハザル異説ヲ唱ヘ又ハ聖書ノ厳

誡ニ背キタル行為アルトキハ聖書ノ教ニ基キ譴責若クハ陪餐停

0169

止ノ所分ヲ受クルコトアルベシ陪餐停止ノ処分ヲ受ケタル者ニシテ

改悛ノ状ヲ認メラレタルトキハ陪餐ヲ回復セラルルコトヲ得

九 信徒ハ信仰ニヨリテ応分ノ献金ヲナスモノトス

十 信徒ハ結婚就職転居其他重要ナ件ヲ管理者ニ届出ヅベキモノトス

十一集会ニ於ケル聖書朗読感謝祈祷賛美感話又必要ノ場合

ニ於ケル司会者ハ信徒之ヲ為スコトヲ得

十二信徒ノ葬儀結婚式等ハ教役者又ハ陪餐者ノ信徒之ヲ行フ

十三本会ノ管理及財産ノ保管ハ管理者之ヲ為スモノトス

但シ管理者ハ信徒中ヨリ信徒惣会之ヲ選出ス

十四本会ノ管理費及維持費ハ信徒ノ献金又ハ任意ノ寄附金ニヨリ

テ之ヲ支辨スルモノトス

十五本会ノ会計年度ハ一月一日ヨリ十二月三十一日マデヲ以テ一期トス

十六本会ノ収納金ハ会計係之ヲ保管シ管理費営繕費集会費伝

道費相愛費事務費雑費等ノ支出ヲナスモノトス

但シ出納ハ明細ニ記載シ毎年度末ニ於テ決算報告書ヲ作成シ

之ヲ関係ノ向ニ報告スルモノトス

十七毎月一回例会ヲ開キ諸般ノ打合セヲナシ又臨時事件ノ決議ヲナス

十八惣会ハ毎年一回開会スルモノニシテ信徒ハ凡て出席シテ議事

ニ与ルモノトス

以上

0170

基督同信会ノ提出書類ニ関

スル件

朝鮮総督府学務局長

文部省宗教局長宛

0171

基督同信会布教管理者設置ニ関

スル書類処理上必要有之候條本年

三月二十五日官宗一一号ヲ以テ御回報相

成候基督同信会ヨリ提出シタル同会

教義要網信仰箇條写一部至急御送付相煩度及照会候也

0172

文部省

官宗一一号

昭和二年八月十日

文部省宗教局長 下村壽一

朝鮮総督府学務局長殿

七月二十六日付ヲ以テ御照会ノ基督同信会幹部ノ者ヨリ差出セル同教会

教義写別紙送付ス

0173

基督同信会

名称

父ナル神ヲ信ジ基督ヲ救主ト信スル者ハ神ノ教会ニ属スルモノニシテ全世界ノ信

者ハ霊ニ於テ一体ナリ、ソコニ分派アルヘキ筈ナシト信スルガ故ニ他ト区別セル何等

ノ名称ヲ有セス、信徒ハ平等ニ兄弟姉妹ト称ヘ、集マル時ニハ聖書ニ因リ

「主ノ名ニ集メラルル」ト云ヒ、集会所ヲ単ニ基督信徒集会所ト呼

ヒ来レリ

附記 基督同信会ナル名称ハ集会所設立出願ノ便宜上新タニ

附セルモノナリ

教義

旧新約聖書一巻ヲ以テ教義信條トナシ別ニ教義ヲ制定セス、又何等

規則ラシキモノヲ設ケザリキ。

儀式及集会

基督ヲ信スル旨ヲ言現ハセル者アルトキハ其信仰ヲ確メタル上聖書ニ基キ

「バプテスマ」ヲ施セリ、「バプテスマ」ハ教役者ニ限ラス先ニ基督者トナリタル

者之ヲ施行セリ。

毎主日(日曜日)「主ノ晩餐」ヲ守リ礼拝ヲ為ス、信者ハ平等ニ神ニ属

ケル祭司トシテ選ハレ、直接ニ父神ト主イエス、キリストヲ礼拝シ奉ルノ特権

ヲ賦与セラレ、此点ニ於テ教師ノ賜物アルモノト平信徒トノ区別ナシト信ジ

各自聖霊ノ順序ニ順ヒ或ハ聖書ヲ朗読シ或ハ讃美感謝礼拝ヲ

為セリ

「主ノ晩餐」ニハ基督者ナレハ何人ニテモ与カル事ヲ得シム但シ異端ヲ唱

フル者不道徳ノ行為アル者ハ之ヲ拒絶シ、又初メテノ列席者ニハ他ノ紹介

ヲ求メ、新タニ「バプテスマ」ヲ受ケシ者ハ「主ノ晩餐」ノ意義ヲ了解

セシメテ後之ニ与カラシメ居レリ、列席者中志ヲ立テシメラレシ一人ハ進ンデ

パンヲ擘キ一同ニ分ツ事ヲ為セリ

0174

建徳会ニ於テハ聖霊ノ賜物ヲ受ケタル教師牧師伝道師ト認ムル

信者ヲ通シテ、聖書ニ基キ教ヲ受ルコト勿論ナルモ、聖霊ノ尊キノママニ

何人ニテモ教義ヲ説キ所感ヲ発表スルノ自由ヲ有セリ。

伝道会ニ於テモ教役者ニ限ラス何人ニテモ基督ノ福音ヲ證スル事ヲ

為セリ

土地ノ状況ニヨリ必要ニ応ジ日曜学校ヲ開設シテ信徒並ニ一般家庭ノ児

童ニ基督教教育ヲ施スコトヲ為セリ。

教役者及布教ノ方法

基督ヲ信シ救ハレシ者ハ之ヲ他ニ伝ヘテ同シ恩恵ニ浴セシムル事基督ノ命ニ

シテ又福ヒナル義務ナルヲ確信シ各自福音ヲ宣伝セリ。但シ特ニ天職

トシテ専ラ教役、伝道ニ従事スル者ニ対シテハ之ニ生活及伝道ノ費用ヲ

給スル事ヲセリ、サレド贈与ノ契約ヲ為サス従テ金額ノ定メモナク、受

クル者モ与フル者モ双方共信仰ニ由リテ行ヒ来レリ。

集会所ニ於テ聖書ヲ講シ福音ヲ宣伝シ、又ハ信者求道者ノ宅ニ

於テ或ハ路傍ニ於テ之ヲ為シ、又定期刊行物及随時出版物ヲ以テ文書

布教ヲ為シ来レリ。

管理及会計

本会ハ別ニ管理者ヲ定メス、全国信徒中ヨリ選出セラレタル代表者

若干名ノ合議ニヨリテ之ヲ管理セリ。

会計主任ハ代表者中ヨリ互選ヲ以テ之ヲ定メ、任期ハ一ケ年トシ重

任ヲ妨ケス

会計主任ハ全国各地集会及信徒ヨリ収納セル金銭ヲ保管

シ又之カ支出ヲナス

各地集会ニ於テハ毎主日礼拝後函ヲ回シ、他ニ知ラシメスシテ任意ノ

献金ヲ為サシム、但シ伝道用及集会所費ノ二口ヲ設ケ伝道金ハ之ヲ

全国会計主任ニ送金シ、集会所費ハ集会会計係之ヲ取扱ヒ来レリ

0051

御届書

大日本武蔵国入間郡高麗村

聖天院

一 当院ハ霊亀年間ニ開基ニシテ朝鮮(元三韓時代)

高麗国王若光殿帰化ノ古跡別紙図面ノ

通リ起縁ハ帝国歴史上ニ炳然タレハ旧記ノ

所由正確セシト来山内外ヲ問ハス多々ナリ

就中去ル三拾四年韓国三位趙重応殿

来臨爾后再三通信ヲ辱フシ然ルニ今般

皈国ニ際シ当寺図面懇望ニ被及即送呈ス

依而御参考迠ニ図面奉送呈候也

聖天院住職

明治三拾九年八月一日  権中僧伊佐弁盈

右組寺総代

同高麗川村西光寺住職

少僧都伊佐弁長

右且徒総代

同高麗村

新林之助

韓国統監府上管御中

0052

図面

0181

実行教布教管理者ニ関

スル件

学務局長

東京市牛込区東五軒町

0182

神道実行教管長柴田孫太郎宛

貴教ノ朝鮮布教ハ権大教正森

岡良作ヲ布教管理者ト定メ大正

九年五月五日附ヲ以テ布教認可

相成居候処同人ハ前年内地ニ帰

還ノ儘今以テ帰着セス右ハ布教

規則第五條ノ規定ニ背キ甚タ不都

合ト認メラレ候ニ付適当ノ後任者

ヲ定メ管理者変更ノ申請相成候

様致度若シ其運ニ至ラサルニ於テハ

0183

貴教ノ朝鮮ニ於ケル布教ハ其ノ認可ヲ

取消ノ事ニ取計可申候間御諒承

相成度為念一応及照会候也

起案理由

右ハ実行教布教管理者森岡

良作前年内地ニ帰還シ今以テ

帰着セサルニ付右案ノ通照会可

然哉

0254

実行教布教認可申請ノ件

指令案第一案 添付物有

東京市牛込区東五軒町三十八番地

実行教管長柴田孫太郎

0255

昭和四年一月二十八日附申請実行教布

教ノ件認可ス

年 月 日

朝鮮総督

0256

通牒案第二案

学務局長

京畿道知事宛

実行教布教認可ノ件通牒

首題ノ件今般認可セラレタルニ付別紙

写相添ヘ此段通牒ス

0257

布教認可申請

神道実行教ハ曩ニ布教規則ニ依リ布教認

可ヲ得テ一旦布教ヲ開始セシ布教管理者森

岡良作家事ノ都合上朝鮮ニ常住スルコト能

ハザルト他ニ之ニ代リテ赴任執務セシムベキ適

任者ナク不得已一時布教ヲ中止セシモ今回

本教々師川崎才太ヲ布教管理者ト定メ更

メテ布教致度ニ付御認可相成度布教規則

第三條ニ依リ左記事項ヲ具シ此段申請候也

昭和四年一月二十八日

東京市牛込区東五軒町参拾八番地

実行教管長柴田孫太郎 印

朝鮮総督山梨半造殿

一、宗教ノ名称 神道実行教

一、教規 別冊ヲ以テ提出

一、布教ノ方法

イ 朝鮮総督府ノ布教規則ニ従テ設置シタル布教所ニ於

テ説教又ハ文書ニ依リ信徒ヲ提誨シ実行教ノ教義普

及ヲ期ス

ロ 信徒ノ依頼ニ応シ其ノ住宅ニ於テ臨時ニ説教ヲ為スコ

トアルベシ

ハ 祈祷禁厭ハ医術治療ヲ妨ゲザルニ於テ前項ノ例ニ

依リ執行ス

0258

一、布教管理者ノ権限

管長ノ指揮ニ従ヒ教規ノ定ムル所ニ依リテ所属布

教所及所属教師ヲ監視シ若シ不都合ノ行為ア

リト認ムルトキハ詳ニ事状ヲ具シ管長ニ上申シ其ノ

処分ヲ請フ

布教管理者ハ布教ニ関シテ朝鮮ニ於ケル行政官

庁ヨリ命令下達アルトキハ之ニ従順シテ諸般ノ事

項ヲ辨理スル責任ヲ有スルモノトス

一、布教者監督ノ方法

布教管理者ハ所属布教者ヲ監督シ若シ不法非理

ノ行為アリト認ムルトキハ口頭又ハ文書ヲ以テ警告

又ハ指示シ若シ其ノ警告ニ対シテ反省セズ又ハ指示

ニ従ハザルトキハ管長ニ具申シ処置ヲ請フベシ

一、布教管理事務所ノ位置

京城府黄金町四丁目弐百拾参番地

一、布教管理者ノ氏名及履歴書

布教管理者

実行教中講義 川崎才太

(本人ノ履歴書省略)

0259

理由

本件ハ神道実行教管長ヨリ布教認

可ヲ願出ニ付之ヲ審査スルニ同教ハ曽テ

認可ヲ得テ開教セシコトアルモ中途布教

管理者ノ缺員ニ依リ一時中止シタルモノナ

ルガ今回教師川崎才太ヲ布教管理者

0260

ト定メ朝鮮ニ於テ再ヒ布教ヲ開始セント

スルモノニテ願書ニハ布教規則第三條ノ各

事項ヲ具備シ且管理者ノ履歴書並ニ

教規等ニ於テ他ニ別段ノ支障ヲ認メザ

ルヲ以テ申請ノ通御認可相成可然哉

仰高裁

0261

追テ本件ハ告示ニ基キ地方庁ヲ経由

セズ願出テノモノニ付布教管理事務

所ヲ管轄スル京畿道知事宛第二

案ノ通リ通牒相成可然哉併セテ相

伺フ

0262

官報掲載案

実行教布教認可 東京市牛込区

東五軒町三十八番地実行教管長柴田

孫太郎ニ対シ朝鮮ニ於テ布教ノ件二

月十八日認可セリ

0263

布教認可申請

神道実行教ハ曩ニ布教規則ニ依リ布教認可

ヲ得テ一旦布教ヲ開始セシ布教管理者森岡良

作家事ノ都合上朝鮮ニ常住スルコト能ハザルト他ニ

之ニ代リテ赴任執務セシムベキ適任者ナク不得已一時

布教ヲ中止セシモ今回本教々師川崎才太ヲ布教

管理者ト定メ更メテ布教致度ニ付御認可相成

度布教規則第三條ニ依リ左記事項ヲ具シ此段

申請候也

昭和四年一月二十八日

東京市牛込区東五軒町参拾八番地

実行教管長柴田孫太郎 印

朝鮮総督山梨半造殿

一、宗教ノ名称 神道実行教

一、教規 別冊ヲ以テ提出

一、布教ノ方法

イ 朝鮮総督府ノ布教規則ニ従テ設置シタル布教所ニ

於テ説教又ハ文書ニ依リ信徒ヲ提誨シ実行教ノ教義普及ヲ期ス

ロ 信徒ノ依頼ニ応シ其ノ住宅ニ於テ臨時ニ説教ヲ為スコトアルベシ

ハ 祈祷禁厭ハ医術治療ヲ妨ゲザルニ於テ前項ノ例ニ依リ執行ス

一、布教管理者ノ権限

管長ノ指揮ニ従ヒ教規ノ定ムル所ニ依リテ所属布教所及

所属教師ヲ監視シ若シ不都合ノ行為アリト認ムルトキハ

0264

詳ニ事状ヲ具シ管長ニ上申シ其ノ処分ヲ請フ

布教管理者ハ布教ニ関シテ朝鮮ニ於ケル行政官庁ヨリ命令

下達アルトキハ之ニ従順シテ諸般ノ事項ヲ辨理スル責任ヲ有スル

モノトス

一、布教者監督ノ方法

布教管理者ハ所属布教者ヲ監督シ若シ不法非理ノ

行為アリト認ムルトキハ口頭又ハ文書ヲ以テ警告又ハ指示

シ若シ其ノ警告ニ対シテ反省セズ又ハ指示ニ従ハザルトキハ

管長ニ具申シ処置ヲ請フベシ

一、布教管理事務所ノ位置

京城府黄金町四丁目弐百拾参番地

一、布教管理者ノ氏名及履歴書

布教管理者

実行教中講義 川崎才太

本人ノ履歴書別紙ノ通リ

以上

0265

履歴書

族籍氏名   平民 川崎才太

生年月日   明治弐拾六年四月拾四日

原籍     山形県西置賜郡長井村大字五十川三九九八番地

現住所    京城府黄金町四丁目弐百拾参番地

賞罰     大正二年三月宮城県立亘理蠶業学校優等褒賞受領

職業     神道教師

学業

明治四十三年三月二十五日郷里ニ於テ長井尋常高等小学校高等科四学年ヲ卒業

明治四十三年三月至四十四年三月黒住教山形教会所長小俣棟太郎氏ニ就キ神道ニ関スル教習ヲ受ク

大正二年三月二十五日宮城県立亘理蠶業学校ヲ卒業ス

大正五年二月末日農商務省蠶業試験場製糸講習所卒業

官衛其ノ他ニ於ケル任免

大正三年五月五日農商務省蠶業試験場松本支場業手ヲ命ス日給七拾銭

大正四年十一月二十日農商務省蠶業試験場製糸講習所入所ノ為辞任

大正五年四月五日慶尚南道梁山郡農会蠶業教師任命

同日梁山蠶業専習所主任兼任月給八拾円

大正八年十一月二十日辞任農事経営

昭和三年一月実行教々師検定試験ニ合格ス合格証書別紙写シノ通リ

同月実行教中講義ニ補セラル、別紙写ノ通リ

同月実行教ノ禁厭祈祷ヲ免許セラル別紙写ノ通リ

右之履歴及ビ写シ書類ハ相違之無候也

昭和四年一月十日  右 川崎才太

0266

履歴書記載ノ証書写三通

川崎才太

右本教任用規則第三條ノ試験ニ合格セリ

昭和三年一月三十日

実行教々義講究所長印

川崎才太

補中講義

昭和三年十一月二十日

管長之印

神道実行教管長

0267~0282

神道実行教々規

(印刷物のため翻刻省略)

0184

実行教布教願ノ件

学務局長

東京市牛込区東五軒町三十八番地

実行教管長柴田礼一宛

0185

本年九月(日附缺)首題ノ件ニ付願書提出相

成特ニ御申添ノ次第モ有之候ニ依リ慎重ニ調

査候処布教管理者ニ擬薦相成タル偒山忠

太ハ其ノ履歴上教法ノ事務ヲ掌理シタル経歴

ヲ有セス且ツ其ノ教級モ地方支部ニ分局長タル

資格ヲ有セサル者ニ候ヘハ朝鮮ニ於ケル一教

ノ事務総括者トシテハ相応セサルモノト認メラ

レ本件申請ハ認可不相成候ニ付願書相添

依命及通牒候也

0186

理由

本件ヲ調査スルニ教治ノ事務ニ何等ノ経験

ナキ者ヲ挙テ布教管理者タラシメ以テ朝

鮮ニ布教ヲ開始セムトスルモノニテ元来著

実ナル計画トハ認メ難シ而シテ実行教々

規ニ依レハ教師等級六級(権少教正)以上

ノ者ニ非サレハ一地方支部ノ分局長タルヲ

得サル規定ニ有之候然ラハ則チ朝鮮各

道ニ渉リテ向後一教ノ教治事務ヲ統轄

シ且ツ将来必要ニ応シテ設置スル地方支部ノ

0187

分局長ヲ監督スヘキ責任ヲ帯ハシムル布

教管理者ヲ選ムニ八級ノ教師(権大講義)

ヲ以テ之ニ擬スルカ如キハ容赦ナク直言スレハ

朝鮮ニ於ケル布教ヲ重ムセサル意考ヲ有ス

ルモノト云ハサルヲ得ス特ニ本件ノ如キ区々タル

情実ヲ具シ姑息ノ措置ヲ為サムトスルモノヲ

御認容相成ルトキハ将来他ノ教派ニ於ケル

布教管理者ノ銓衝ト鈎合ヲ失スルノ懸

念少ナカラスト認メラルルニ依リ茲ニ本案ヲ具

シ相伺候

0067

寺院創立ノ件

指令案

慶尚南道釜山府瀛仙町千九百七十一番地

伊浅幸松


0068

外三十一名

昭和四年三月十二日附願弘法寺創立ノ

件許可ス

年  月  日

朝鮮総督


0069

理由

本件ハ明治四十一年十二月釜山府瀛仙町

ニ新義真言宗智山派ノ布教所ヲ設ケ担

任者ヲ置キテ布教事業ニ従事セシメ其

ノ教義ヲ宣布シ来リタルガ爾来同地方

ノ発展ニ伴ヒ檀信徒ノ数モ遂年増加


0070

シ従来ノ布教所ニテハ法要其ノ他仏事

執行上ニ狭隘ヲ告クルニ至リシヲ以テ同

所一三五九番地ニ別紙願書添付図面ノ通

本堂及庫裡ヲ改築中ノ所既昭和三年

十二月工事竣工入仏式ヲ挙ケ今ヤ檀信

徒ノ数モ二百戸ニ達シ将来教勢拡張ノ


0071

必要上今回寺院ヲ創立セムトスルモノナリ

然ルニ釜山府内ニハ曩ニ創立ヲ許可シタル

同宗派ニ属スル金剛寺アルモ元来本地ハ

同府内牧ノ島ノ中央ニ位シ現在人口一萬

三千餘人ヲ有シ漁港並商工地帯トシテ進

展シツツアル市街地ナルニ拘ラス未ダ一般信


0072

仰ニ副フベキ寺院ナク而モ既設ノ寺院トハ

相当ノ距離アリ且渡船ニ依ラザルベカラザ

ル不便ヲ有ス而シテ嶋嶼地域ニ対スル特殊ノ

関係ニアルガ為従来自ラ信仰団体ヲ異ニスル

ヲ以テ別ニ同地ニ一寺院ノ創立ハ事情已ムヲ得ザ

ルモノト認メラル仍テ之ヲ寺院ノ創立ヲ許サル


0073

ル標準ニ照シ審査スルニ別紙調査要領

ノ通何等不都合ノ廉ナク堂宇ハ改築

落成ニ付創立費ヲ要セス維持費ハ檀信

徒ノ布施其ノ他ニ依リ年額八百円ハ確実

ト認メ他ニ別段ノ支障ナキヲ以テ願ノ通

御許可相成可然哉仰高裁


0074

寺院創立ニ対スル調査要領

檀信徒トシテ連署ノ人員(三十人以上)  三十二人

審査上ノ意見  可

所属宗派管長ノ承認

所属管長ノ承認アリ

審査上ノ意見  可

創立事由

明治四十一年十二月布教

所ヲ設立シ大正十五年十

月本堂庫裡ヲ新築

着手シ昭和二年十二月ニ

工事竣工入仏式ヲ挙ク

爾来教勢拡張ニ伴ヒ

寺院ヲ創立ノ要アリ

審査上ノ意見

寺院創立許可ス

ベキモノト認ム

寺院称号

弘法寺

創立地名

慶尚南道釜山府瀛

仙町一三五九番地

本尊

本尊不動明王

前座本尊弘法大師


0075

所属宗派ノ名称

新義真言宗智山派

建物ノ坪数(本堂庫裏兼用ノトキハ四十坪以上)

本堂坪数(二十五坪以上)  六十四坪

審査上ノ意見  適

庫裏坪数(二十五坪以上)  三十五坪五合

審査上ノ意見  適

右建物所有名義  寺院有

附属建物

境内地坪数(三百坪以上)  五百二十五坪九合

所有者名義(国有及民有ノ区別)

榎本阿津美外四人ノ名義

ナルモ売買成立済ニ付創立

許可ト同時ニ寺院有トナル

図面

正面、側面、平面

ノ各図

審査上ノ意見  適


0076

本堂庫裏ノ図面(平面図、正面図、縦断面図)

各図提出ス

附属建物ノ図面(平面図)

境内地図面(平面図)  提出ス

寺地周囲ノ状況(地勢、交通、家屋、配置ノ状況等)

寺ノ前通ヨリ西北東方面

一帯ハ商工漁業者居

住シ日本家屋密集シ

海岸ハ漁港地帯ニシテ

南方ハ工場地帯トシテ

発展シ東方三丁位ニハ釜山第

四公立尋常高等小学校

アリ西方四丁位ニ水産試験

場北方三丁位ニ日本硬

質陶器会社アリ

創立費及其ノ支弁方法

創立費

敷地買収費 三、六六一、〇〇〇

本堂一 一六、六一八、五〇〇

庫裡一 四、八五一、一二〇

計   二五、一三〇、六二〇

大正四年以降新築費ト

シテ一万円喜捨金六千六百

十八円五十銭本山補助千円

不足金七千五百十二円十二銭

ハ更ニ檀信徒ヨリ寄附立申

■■■■決定済

維持方法(確実ナル収入五百円以上)

年収金八百円也

内訳 一金七百円布施年額

一百円寶銭

支出

一金七百円 維持費年額

一金百円  布教費

計八百円

檀信徒員数(二百戸以上)

檀徒  六十戸

信徒  百四十戸  計二百戸


0077

官報掲載案

寺院創立許可 慶尚南道釜山府

瀛仙町千三百五十九番地ニ新義真言

宗智山派弘法寺創立ノ件  月  日

許可セリ


0078

学第二六二号

昭和四年五月四日

慶尚南道知事

朝鮮総督殿

寺院創立許可願ニ関スル件

管下釜山府瀛仙町伊浅幸松外三十一名ヨリ首題ノ件ニ関シ別紙ノ通願出

アリ取調タル処右寺院ヲ設立セムトスル場所ハ府内牧ノ島ノ中央ニシテ

同島ハ人口一萬三千餘人ヲ有スル漁港及商工地帯トシテ発展シツツアル

市街地ナルモ未タ一般ノ信仰ニ副フヘキ寺院ナク一面既設寺院トハ相当

ノ距離アリ且渡船ニ依ラサルヘカラサル等ノ不便アル為在住有力者

ニ於テ此等不便ヲ思ヒ尚一層信仰ノ篤実ヲ期セムカ為メ従来ノ布教所ヲ

拡張シ寺格ノ体裁ヲ具ヘタル上願出タルモノニシテ適当ト認メラルルニ

依リ御許可相成様致度右副申ス


0079

寺院創立願

今般寺院ヲ創立致度候間御許可相成度別

紙管長ノ承認書ヲ相添ヘ左記事項ヲ具シ此段

申請候也

昭和四年参月拾弐日

創立者

釜山府瀛仙町壱九七番地

伊浅幸松 印

文久元年六月十五日生

同府同町壱五参五番地

榎本阿津美 印

明治十五年五月十八日生

釜山府瀛仙町壱六弐八番地

中山コマ 印

明治十六年九月十日生

同府同町壱九参七番地ノ壱

小川伝市 印

明治二十年八月二十五日生

同府同町壱九参六番地

宮本孫義 印(本人死亡ニ付削除ス)

明治三十八年八月十二日生

同府同町壱九四八番地

梶田多藏 印(本人死亡ニ付削除ス)

明治弐年十二月十九日生


0080

釜山府瀛仙町弐参参番地

小坂唯太郎 印

明治十四年十二月二十七日生

同府同町壱八壱五番地

米光吉右衛門 印

明治四年十月二十六日生

同府同町壱四参六番地

吉金新太郎 印

明治十八年八月七日生

同府同町壱六弐九番地

西喜代松 印

明治二十九年十月二十二日生

釜山府瀛仙町壱六参〇番地

宮本幸吉 印

明治七年一月十九日生

同府同町壱六弐九番地

先田伊三郎 印

明治十五年九月二十二日生

同府同町壱九四五番地

瀬合竹松 印

明治十六年五月十三日生

同府同町壱九五壱番地

浅野省一 印

明治三十年二月十一日生


0081

釜山府瀛仙町壱六弐九番地

竹内統 印

明治二十四年十二月十三日生

同府同町同番地

竹内嘉四郎 印

明治十八年三月二十一日生

同府同町壱六参〇番地

久市白貫一 印

明治十八年八月八日生

同府同町同番地

杉本榮 印

明治二十四年十一月二日生

同府同町壱参参九番地

赤松政治 印

明治十五年四月十五日生

同府同町壱九参七番地

高雄作太郎 印

明治三年十月十六日生

同府同町壱七四〇番地弐

佐川種藏 印

明治九年九月二十六日生

同府同町弐〇〇八番地

山崎義男 印

明治三十五年十二月十六日生


0082

同府同町弐〇弐弐番地

大地伴之 印

明治三十三年八月十日生

同府同町壱九七九番地

吉田伊助 印

明治九年五月五日生

同府同町同番地

柄本弥五衛 印

明治二十三年七月四日生

同府同町壱九七七番地

山下廣助 印

明治十年十月十五日生

同府同町弐〇壱五番地

石川延吉 印

明治六年四月一日生

同府同町壱九八六番地

佐藤常吉 印

明治元年十月二十九日生

同府同町弐〇壱七番地ノ壱

梁瀬千代 印

明治十二年五月二十一日生

同府同町弐〇壱五番地

小倉清太郎 印

明治十五年十一月二十九日生


0083

同府同町弐〇壱六番地

黒住鐵策 印(本人死亡訂正ス)

明治十年一月二日生

同府同町弐○○五番地

山本政吉 印

明治十七年八月十七日生

同府同町弐〇壱五番地

阪東慶次 印

明治三十二年三月五日生

同府同町壱九参六番地

宮本コウ 印

明治拾壱年九月二十五日生

同府同町壱九四八番地

梶田ナツノ 印

当五十六歳

朝鮮総督

山梨半造殿


0084

創立事由

明治四拾壱年拾弐月参日檀信徒ハ其ノ信仰上希

望ト必用トニヨリ釜山府理事官亀山理平太殿ノ

認可ヲ得テ布教所創立シ大正拾五年拾月拾四日本

堂庫裡等ノ新築ニ着手シ昭和弐年拾弐月二十一

日落成入仏式ヲ挙ケ寺院ノ体裁ヲ具フルニ至レリ

寺院ノ称号

一、弘法寺

創立地名

一、慶尚南道釜山府瀛仙町壱参五九番地

本尊並所属宗派名称

一、本尊 不動明王、 前座本尊 弘法大師

一、新義真言宗智山派

建物及境内地坪数

一、境内地   五百二十五坪九合

一、本堂    六拾四坪

一、庫裡    参拾五坪五合


0085

境内地周囲ノ状況

一、寺ノ前通ヨリ西北東方面一帯ハ商工漁業者居住

シ日本家屋密集シ海岸ハ漁港地帯トナリ南方ハ工場

地帯トシテ発展シツツアリ東方参丁位ニ釜山第四公立尋

常高等小学校アリ西方四丁位ニ総督府水産試験場

アリ北方参丁位ニ日本日本硬質陶器会社等アリ

創立費及支弁方法

一、創立費

一、敷地買収費 一金参千六百六拾壱円也

一、本堂 壱棟 一金壱万六千六百拾八円五拾銭也

一、庫裡 壱棟 一金四千八百五拾壱円拾弐銭也

一、支弁方法

大正四年以降本堂庫裡等新築資金トシテ金

壱万円也貯蓄シ一般信徒ヨリ金六千六百拾八円五

拾銭也寄付金募集シ本山ヨリ金壱千円也補助

金ヲ得不足金七千五百拾弐円拾弐銭也ハ檀徒ヨリ

募集ス出資金(壱人当最高金五百円也、最低

金拾円也総人員六拾人也)醵出支弁皆済*

シ会計役ヲ選任シ確実ニ保管ノ上総代等ノ

監査ヲ経テ決算報告ス


*「皆済」:竹永三男氏よりご教示頂きました。感謝申し上げます。


0086

維持ノ方法

一、維持ノ方法ニ付テハ永久的ニ基本財産等ノ企画

アレドモ未タ設定ノ場合ニ至ラス去リ乍ラ近年中ニハ設

定ノ運ニ至ルベキモ其ノ間ニ要スル修繕費等ハ下名

連署者並ニ檀信徒一般ヨリ醵出負担ス日常

維持方法ハ左ノ如シ

収入部

一金八百円也

内訳 一金七百円也  布施物ノ年額

一金壱百円也  寶銭ノ年額

支出部

一八百円也

内訳 一金七百円也  維持生活費年額

一金壱百円也  布教費ノ年額

檀信徒数

一、檀徒  六拾戸  六拾人

一、信徒  百四拾戸 百四拾人

以上


0087

誓約書

釜山府瀛仙町千参百五拾九番地五百二十五坪九合ハ拙

者所有土地ナリシカ今回弘法寺設立ニ当リ之ガ境内地

トシテ正ニ売渡セルモノナリ(之ガ代金参六六壱円也既ニ受領済)

然ルニ寺院創立前ナルヲ以テ未タ之ガ移転登記ヲ為シ

得サルモ何レ創立御許可ノ上ハ直チニ名義変更ノ手続

履行候仕事ヲ誓約候也

昭和四年参月拾弐日

榎本阿津美 印

小川伝市  印

梶田正久  印

中山カズヱ 印

伊浅幸松  印

前書ノ通リ相違無之證明候也

昭和四年参月拾弐日

新義真言宗智山派

朝鮮布教管理者

見田政照 印


0088

朝鮮釜山府瀛仙町千参百五拾九番地

新義真言宗智山派瀛仙町布教所

右布教所総督府神社寺院規則第二條ノ

各項ヲ具備セルモノト認メ弘法寺ト寺号改

称ノ件承認候也

昭和四年三月一日

新義真言宗智山派管長

大僧正青木榮豊 印


0089~0092

図面